第13話 お誘い

「お祭りに行きませんか?」


「お祭り?」



 それは放課後に部室で問題集を解いて中間テストへの対策をしていたときだった。テストには自信がある知花さんと、学年トップの成績を誇る風川は余裕そうに見えた。少なくとも必死こいて問題集をやってはいない。どこで違いが出たんだかな。同じ入試の同じ時間を過ごしてるはずなんだけど。



「中間テストの終わったすぐ後の週末のお休みに、神宮のお祭りがあるんですよ。中野中島中野可中中島島公園でお店がたくさん出るんです。ご存じないですか?」


「知ってるよ。毎年見て育ってきてるんだ。っていうか、あの公園の正式名称を正しく噛まずに言えたほうがすごいよ。初めてみたよ、そんな噛まずに言った人。中島島公園でいいだろ、普通に」



 お祭りね。好きだよね、みんな。俺は特に思い入れはないかな。中学の時の知り合いとかはハンドガンとか、トレーディングカードとか買い漁っていたけど、俺にその趣味はなかったからな。食べ歩くような性格でもないし、本当に、魅力を感じてこなかった。たぶんそれだけの友人が、一緒に楽しめるだけの友人がいなかったってのが一番だろうけど。それなら今年は、今年ならば。



「まあ、そうだな。テストがうまくいけば、その褒美に行ってもいいかもしれない。俺たちはまだ学生だ。楽しみを持ってそれを楽しむというのは悪くない過ごし方だろう」


「素直に、行きたいって言えばいいのに。偏屈ね」


「うるせぇ、風川。お前も祭り行くのか?」


「あら、知花さんには私のほうが先に誘われていたのよ。もちろん行くに決まっているじゃない」


「そうかよ」



 風川って、どこか負けず嫌いなところが時々見え隠れしているよな。妙な意地というか、譲らないところがある気がする。この短い期間での付き合いでもそう感じるのだから、本当に知っている友人ならば、尚更のことだろう。



「化神は行かないのか?」


「野球部の練習試合があって、ちょっと無理かな。ごめんね」


「なんもなんも。自分の事優先してくれ」


「あ、俺もその辺りはちょっと用事が」


「へぇ、バカにもプライベートがあるんだな」


「あ、あるやい」


「まあ、いいさ。俺は暇だからな。たぶんテストが終わればまたやることがなくて、暇つぶしを探してるに決まってるんだ。いいよ、お祭り。一緒に行こうか」


「はい、では日にち決めたら連絡しますね」


「ああ」



 そうなると、風川と知花さんと俺の三人で行くことになるのか。それは嫌でも意識してしまうな。相手が相手なだけに、それはありえないことだけど。ありえないからこそ、割り切って過ごせるのだけど。俺はジトッと下から見上げるような、クソみたいな目線を忘れることは今後無いのだということを肝に銘じさえすれば、それだけで生きていけるのだ。それでいい、そうでなくっちゃ駄目だと、うそぶきながら。




 コンコン、コン。



 やれやれ。うちはいつの間にそんな有名大人気部活になったんだ。そろそろ冷やかしとかが来る頃じゃないのか? 嫌だな、そんなのは。圧倒的門前払いだな。



「はーい、どうぞー!」



 いつも通り知花さんが声をかける。ドアが開かれ、集団が押し寄せる。え、集団?



「あら、なんとか賑やかね」


「こんにちは、私たち演劇部の者なんですけど」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今椅子を用意する」



 人数分椅子を並べる作業を男二人と美少女美少年の計三人が働いた。なかなか一苦労だぜ、はあ。



「はじめまして。私は部長の風川です。それで、皆さん揃ってどのようなご相談でしょうか」


「実は演劇部がこのままでは無くなってしまうかもしれないんです。それは嫌です。どうにかしたいんです。助けてくれませんか?」


「落ち着いて、落ち着いて。ええと、お名前は」


「二年A組の、吉崎です。演劇部の部長をしています」


「吉崎さん。では、どうして演劇部が無くなってしまうかもしれないのですか。誰かに言われたのですか?」


「はい。実は顧問の先生をしていた夜見山先生が退職されてしまって。顧問がいないんです。先生が見つからないとこのままでは、休部になって活動停止になってしまいます。探してはいるんですが、なかなか引き受けてくれる方がいなくて。このままでは廃部になるかもと、学年主任の先生には言われてしまいました。でも、そんなの嫌です。なんとか、なんとかしたい。ここの部活は生徒の悩みとか相談事とかを聞いてくれるんですよね。困ったことを助けてくれるんですよね。そう、噂で聞きました。このままではテストどころじゃありません。テストなんてまともに受けられない。どうにか、お願いします!」


「「「お願いします」」」



「そうは言われてもな……」



 俺はみんなのことを見渡した。やはり困った顔である。うーん、どうにもこの部活は困ったことになることが多いみたいだぞ。いつも唸ってしまっている。特に今度の相談事に至っては生徒のちからでどうにかできる問題ではないんじゃないか? いや、待てよ。



「お悩み相談同好会の顧問って誰だ?」


「桜崎先生よ」


「……そうだったのか」



 俺は何もしなかったんだな、本当に。



「こんな暇な、生徒に任せっきりの放任みたいな部活の顧問をやってるんだ。桜崎先生はどうだろう。お願いしてみる価値はあるかもしれないぞ」


「え、でもそれは……」


「顧問の先生が併部してはいけない、なんてルールはないと思う。少なくとも生徒手帳には書いていない。書いてなければそれはルールじゃない。規則違反にはならない。問題ない」



 問題は問題にならなければ何も問題はないのだ。それは良いことで、良い方向へと何かを進めるのであればぜひとも進んでやるべきだろう。



「そうね。実現するかどうかはさておき、可能性としてはあるかもしれないわね」



 どよめきに近い歓声のようなどよめきがあがった。



「そ、それでは……」


「いいんじゃないか。神はそう言っているかもしれない」


「え?」


「いや、気にしなくていい。戯言(たわごと)だ」



 これで解決すれば何事もない。寧ろ今の部活動が活動できなくなって、なくなるかもしれない。そうすれば俺は部活動という縛りから解放されて自由になれるのではないか。それはいい。そうこなくっちゃ。そうとなれば、ぜひとも顧問をお願いしてもらいたいものだね。



 演劇部一同は帰っていった。きっとこれから桜崎先生を探すのだろう。落ち着くなと、思った俺は仕方なく、頭に入るかもわからない用語を探して教科書を開くのであった。

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