04 前期中間テストの相談編

第12話 宗教

 ゴールデンウィークが終わると、目前に迫るのは中間テストであった。俺とバカは連休が明けると留年を回避するために必死になり始めた。遅いくらいではあるが、しかし何事も始めるのに遅いことはないと良くいうではないか。だから大丈夫。テスト後の生き残りをかけて、今頑張るしかない。バカはともかく、俺の場合、自頭はいいのだ。テストに対する気力と、集中力さえあれば、赤点を回避するだけの実力はある。これは虚言ではなく、客観的事実である。つまりやる気になるかどうかというわけだ。それは一番の問題だな、と思いつつ、俺は教科書を必死に読んでいた。まずは教科書。基本だよな。



 コンコン、コン。



 ドアがノックされた。またなんでこの時期に。一応部活はやっているけどさ。ただの集まりみたいなものなのに。



「どうぞー、お入りくださーい」



 知花さんが招き入れた。やれやれ仕方ないか。まあ、勉強しながらでもできないことはないだろう。俺は教科書からやや視線を外しつつ、そのめくる手をやめることはなかった。



「こんにちは……すいません、良いでしょうか」


「あっ、山田さん……。どうしたんですか、今日は」



 それはゴールデンウィークの前に相談に来ていたBクラスの山田さんだった。たしか、友達に相談事を頻繁にされるせいで気疲れしてしまったとか、なんとか。そんな相談だったような……あれ?



 後ろにもう一人いた。



「はじめまして、山田と同じクラスの山ノ内と言います」



 そうなると、問題の友人というのが彼女、なのか。どうやら本当に相談相手の友達をこの生徒お悩み相談同好会に連れてきたらしい。たしかに、そうすれば問題は解決するとは言ったけど。



「千木野くん、椅子をご用意して」


「あ、ああ。すみません」



 後ろに積み上がっている椅子から一つを取り、用意して並べた。二人は座った。



「こんにちは、今日はどのようなお話でしょうか」



 山田さんから先に話を始めた。



「実は、先日のお話の友達というのが、この山ノ内なんですが、彼女の話を改めてきちんと聞くことにしたんです。そしたら、私には手に負えないと言いますか、難しい話だったので」


「難しい話?」



 山ノ内さんが促されるようにして、話を始める。



「母親が宗教に夢中になってしまっている。家庭がめちゃくちゃだ。どうしたらいいか」



 端的で、わかりやすくて、どこか探り探り話をする田中さんとは変わって、はっきりと話す人だと思った。しかし、それが故に問題がはっきりとわかってしまった。これは難しい。家庭の事情というやつだ。



 俺と風川、知花さん、化神、バカは全員腕を組んで唸ってしまった。どうしたらいいか、いったいどうしたらいいんだ。誰も話さないので、しかたなくとりあえず俺が思いついたことを話してみる。



「まず、宗教信仰の自由が日本国憲法第二十条で保障されている。強制と、宗教信仰したことによる差別を禁じている。だから、俺たちが無理やり辞めさせることも、何か批判したりすることもできない。たとえ家庭を顧みないでのめり込んでいたとしてもだ。その人の自由だからな。お願いはできても、実際どうするかはその人次第だ。相当のめり込んでいる以上、お願い程度ではたぶんどうにもならないだろうからな……その宗教団体そのものがなくなれば、例えば俺が詐欺とかを働いてその宗教団体を騙して潰し、無くすことができれば、現状を変えて打破することはできるかもしれないが、俺は詐欺師ではないし、金を積まれてもたぶんできない。凡庸で平凡な一高校生では、そんな大人の集団相手に相対することは難しいといえよう。だから、この問題の解決はとても難しい。田中さんの問題よりも格段に。レベルが違う。社会レベルが違う。もしかすると、子どもの俺たちでは、どうにもできないことかもしれない」


「そ、そうか……」


「でも、大人ならなんとかなるかもしれない。例えば担任の先生に相談、協力を仰ぎ、そこからいろんなたくさんの大人を巻き込んでいけば、事態は変わるかもしれない。しかしそれもあくまで可能性だ。希望的観測に違いはない。本当に、多分簡単にはいかない問題だろうな……なあ、差し支えなければ、その宗教の名前とか、何系とか分からないのか?」


「キリストとかヒンドゥーとか、そういう有名なところではなかったと思う。もっと知らないような。聞いたことないような。前に聞いたのは、施設というか団体というか、その名前が『たんぽぽ』だということくらいで……」


「そうか……なるほどな」



 話を聞く限りじゃ、問題はたぶん最高に難易度を増していると思う。彼女が嘘を話していなければだけど。酔狂で、笑いものにするために質の悪い冗談を言っていなければだけど。しかしこれが事実だとするなら、たぶん、本当に俺たちには手に負えない。生徒のよくあるお悩み相談ってレベルじゃねぇぞ。



「ごめんなさい……私にどうしたらいいのか分からないです。専門知識とか、千木野くんみたいにしっかりした考えとか無いので……。ごめんなさいね、お話ならいくらでも聞くので、聞かせてもらって構わないんですけど」


「私も今回はアドバイスできないわ。知花さんと同じ。匙を投げたわけじゃないけど、でも、チカラになれるだけの知識を持ち合わせていない。ごめんなさい」



 風川にもできないことってあるんだな。なんでもできて、なんでも知っていて、だからこそお悩み相談同好会の部長で、全てを解決してきたのに。



 化神とバカもお手上げ。



「すみません、ありがとうございました。話を聞いてくれて。田中以外の他の人に話したことなかったから、一緒に考えてもらえただけで、嬉しかった。自分ではたぶんどうにかできないけど、先生とかにも話してみるよ」



 山田さんと山ノ内さんは帰っていった。俺はもう教科書を閉じていた。圧倒的な力不足だった。何かできると思って、参加している部活ではないのだけれども、何かできるかもしれないと思ってしまっていたことに気づいてしまった自分がいることが酷く情けない。そう思った。



「何もできなかったな」


「ええ、そうね」


「難しかったですよね、どうしたらよかったのか……」


「そうだね、全然わからなかったよ。千木野くんはよく、話していたと思うよ」


「さすがだな、千木野!」


「詭弁だよ。戯言に過ぎない、あんなの。騙して、騙して、欺いてやり過ごした言葉だ。その場しのぎの駄弁だよ」



 それに関してはいつものことであり、いつもどおりの言葉であり、いつもどおりのらりくらり、まるでアンダースローの投手が変化球や緩いストレートで躱すようなピッチングをするかのような話をするのは、まるでこれまでと変わりがなかったのは間違いがないし、それで構わないと思っているし、俺にそれ以上を求めるなとも言いたいが、しかし、今回ほど上澄みを滑るだけの浅い会話はなかったと思う。自分で話していても気持ちが悪かった。気味の悪かった話だと思った。何もできなかったのだ。勉強ができなかったのとは違う、敗北感が強かった。これからもこんな思いを度々しなければいけないのかと思うと、もう部活なんてやめてしまいたかった。



「なあ、バカの羽場。関節技を決めてもいいか?」


「なんでだよ! いきなり唐突すぎるだろ! 予告してくれるだけ、いつもよりマシだけどって言ってる側からいつもどおりのこれはサブミッションホールド! あぁ! 極ま、極まるから、やめてぇ」



 いつも通りバカやっていると、少しその場の雰囲気が良くなった。もちろん本気でやってなどいない。男子のじゃれ合いというか、触れ合いみたいなものだ。小学生の男の子同士ならふざけてやることがあるだろう。いつまでたっても精神年齢が幼いままなのだよ、男というものは。仕方ない。そういう仕様だ。



「これも部活動の勉強なのかな、ちきしょうめ!」



 やるせない気持ちをぶつけながら、今は抗う姿勢を見せることが精一杯なのだった。 


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