第11話 思い込みが盲点を作り、言い訳が視点を乱す
「いやー、いい試合だった。勝ってよかったな、あのホームランは痺れたよ。鳥肌モノだね。本当にありがとうな、化神」
「僕は何も。僕も楽しかったし、良かったよ」
守りたい、この笑顔。美少女だ。彼は。
帰りの電車で俺はつり革をなんとか確保し、その目の前の席に今日のチケットを確保してくれた優勝者である化神を座らせ、近くに風川、知花さん、バカがいた。車内はとても混んでいた。人一人の隙間もないくらいに。野球観戦の前後ってどうしてもこうなってしまうよな。億劫になるけど、これだけの人を熱狂させていたのだと思うと、同時に嬉しくも思う。みんなとハイタッチして回りたいくらいだぜ。席の近い知らない人とはやったけど。みんな友達、みんながチームメイト、みんなで応援。そんなの、誰よりも嫌いなはずなのにな。
協調とか、同調とか、予定調和とか、そういうの全てが大嫌いだ。他人に合わせることを酷く嫌い、自分ひとりであることを好み、他と合わせないで自分を保ってきた俺であるが、野球になると人が変わったように周囲の人を認める。不思議なものである。好きなことだからだろうか。好きだから故だろうか。自分の好きなことを理解してくれる人が大勢いる、身近にいる、それだけで舞い上がるには十分すぎる材料なのかもしれない。
「風川、どうだった、野球」
「ええ、楽しかったわよ。色々と知らないことを学べて有意義だったわ。私の世界にはないもの、私の世界観にはないものを知ることができたのは、人生の実りになったと、そう思うけど」
「お硬いな、お前は。知花さんは?」
「ドキドキしてました……なんかどうなるんだろうって。打つのかな、投げるのかな、どこまで飛ぶのかな、ボールが飛んできてもし当たったらどうしよう、こっちには飛んできてほしくないなとか、あっ、当たりそうになったホームランボールを庇うようにキャッチしてくれたのは、嬉しかったです。ありがとうございました……」
「い、いえ。大したことでは。ホームランボールが欲しかっただけですよ。それで手を伸ばしたんです」
「ちよっと、どきどき、しました……えへ」
なんだろう、このラブコメの波動は。どうする。どうしたらよい。何が正解だ。少なくとも成就はまだ早すぎる。時期尚早。俺の場合ありえないけど、そんなこと。誰かと一緒になるとか、そんな事考えられない。拒否するかもしれない。それがたとえ知花さんでも、風川でも。人間強化度レベルが崩れてしまうだろうから。それは、避けたいな。
電車は各駅で停車して揺れては止まり、また揺れては止まった。終わってしまったという切なさを感じながら、しかしまた続く明日以降の勝利のため、予告先発や今日活躍した選手をチェックする。同カード三連戦では同じ相手が三回も戦うことになるから、その時のベンチ入り、活躍選手、調子のいい選手をチェックするのは当たり前のことだろう。敵味方問わず、プロ野球全体として把握していく。それがプロの野球ファンってものである。野球名鑑と野球速報を見比べるようにして、常に知識を入れていく。実況のアナウンサーが稚拙に聞こえる程度には、情報不足で笑ってやる程度には調べてやるのさ。
「じゃあな、今日はありがとうな」
「またね。学校で」
「ええ、さようなら」
「バイバイ、楽しかったよ」
「じゃあな! また学校でとか言ってある側からなぜライダーキックが突っ込みとしてどうして今飛んでくるぐはぁ……!」
ひとりを勢いで倒したら、それが合図になった。みんなそれぞれ振り返って帰路に着いた。
俺もひとりでバスに乗って帰るためにバス停に並んだ。
そこで俺は考える。これまでの生活を。これまでの人間関係を。すべてがうまく行きすぎているようなこの生活を。生活というのは常に不安をはらんでいるものであり、常に不安定さを持つものである。だからうまくいっているように思えるときは危険信号だ。何か見落としていることがある。何か見失っていることがほとんどだ。何もかもうまくいくだなんてそんな事あるはずがない。あってたまるか、そんなこと。自分だけの視点で見ているからいけないんだ。他人を想像する想像力が必要だ。思い込みが盲点を作り、言い訳が視点を乱す。自分を律して、戒めて、思考をクリアにしなければいけない。常に底辺に。底を這いずり回るように、下から見上げるように、空を見上げて、それぞれ見上げる空を見て。そうやって、吐くように、苦しさの中から絞り出していくような生き方をしていかないと、きっと後悔する。俺はもう後悔したくない。きちんと毎日を生きていきたい。言い訳して逃げるのは、たぶんこれからもやるだろう。でも、そればかりでいけないということも、頭では理解しているのが残念なところだと、俺は自分で自分をそう理解するのだった。
バスが来た。残りのゴールデンウィークは何して過ごそうか。とりあえずは明日のファイターズの勝利を祈りながら、家で中継でも見ようかなと、そんな事を考えていた。
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