03 黄金週間の相談編
第9話 看板
「……よし、まあ、こんなものでいいだろう」
「何してるんですか?」
「看板を作ろうと思って。廊下のボードに貼るんだ。装飾したかったら、あとは勝手にやってくれ。俺は看板ができればそれで十分だ」
「じゃあ、今度折り紙買ってきますね」
「折り紙?」
「鶴とか、お花とかを折って飾るんです。そのほうが可愛いでしょう?」
幼稚園みたいだな。そんな感想を抱く俺は間違っているだろうか。知花さんの発言を否定しないように、俺はその言葉を飲み込んだ。
コンコン、コン。
ノックがされた。依頼人だろうか。
「はーい、どうぞー」
知花さんが答える。
「失礼します……ええと、お悩み相談室ってこちらでしょうか」
「ええ、こちらです。どうぞ、お掛けになって。部長の風川です」
「一年B組の山田といいます。桜崎先生に聞きまして、こちらに。ええと、話してもいいでしょうか」
「もちろん。そのための同好会ですから」
「実は私も友人からいろいろと相談されることが多いんですけど、もうなんか嫌になってきちゃって。いえ、その、友達のことは嫌いじゃないんですよ。好きですし、仲良くしたいんだけど、問題を全部抱え込むのがもういっぱいいっぱいというか、苦しいと言うか、あまりもう聞きたくないというか、相談してほしくないんです。この間、宿泊研修があったじゃないですか。あの夜もいろいろ相談されて。複雑な家庭の事情みたいなことを……だからそういうのはもう……もういやなんです……!」
「なるほど、わかりました。友達のことは好きで今のままの関係を続けたいけど、悩みを全て受けたくはない。解決をしたいわけじゃない。そういうわけですね」
「はい、そうです」
さすが天才風川。人の話をまとめるのが上手だ。
「それなら、そいつをここにつれてこい。話ならすべて聞いてやる。話すだけなら無料だ」
それで全て解決したようなものだ。今回の場合は。しかし。
「それは……! それは、そういうことはしたくありません。友達を裏切るようで、嫌です」
「どうして。相談を全て請け負うのが嫌なんだろう? それなら、好き好んで他人の話を聞こうとしている俺たちに話せばいいじゃない。それで解決するよ、たぶん」
「そういうことじゃないんです……うまくいえないんですけど……違うと思う」
やれやれ、難儀だな。
さて、今回の依頼人の場合、セルフお悩み相談室状態であることを、友達から何でも相談されてしまうことを、たとえば家庭の複雑な事情とかを相談されてしまうことに負担に思っていることが最大の焦点だ。俺からすればそんな友達は友達じゃないし、友達として接する必要はないし、そんな関係壊してしまえば、絶ってしまえばそれでいいと思うのだが。それが一番合理的で、自分のためになる。俺は不幸に浸かって生きていきたい人間ではあるが、他人によって不幸にされたいとは思わない。当然である。誰がそんなこと望むか。彼女もそうだろう。友達とはいえ、他人に不幸にされているから不快なのだ。しかし、友達としての関係は残したままでいたいし、友達を売るような真似は、責任転嫁するような事はしたくない、と。要は迷惑がっている素振りを見せたくないのだ。嫌われたくない、嫌に思われたくない。悪く思われたくないから、だからそういう結論を望んだ。不可能に近い結論を。さて、どうするか。ここまで考えても答えは出ないし、どう考えてもすぐに答えが出るような問題ではなさそうだ。一見単純そうな問題に見えて、複雑で奥深い。難儀で、難題だ。
「そうなると、すぐに答えは出せそうにないな。違う意見をいくつか集めて、多方向から見ていく必要がありそうだ。単純そうで、案外難儀な問題だぞ」
「あなたの意見は?」
「そんな友達なら、友達をやめてしまえ、ってのが俺の極論。自分を大切にするなら、不幸に引っ張られるのが嫌なら、関係を壊して、断つべきだ。あなたのことは面倒です、相談事が鬱陶しく思っていました、もう友達やめませんか、みたいな感じで」
「そう、最低ね。その考え」
「わかってる。最低で最高の方法だ。でも、友達はやめたくないんだろ? 人間関係というものがそんなに簡単に割り切れるものじゃないし、作って、無くして、そういうことが安易にできるものじゃないことぐらいよくわかってる。難しいんだよ、人間関係は。出来る時はあっさりできるくせに、いつまでも残っている。鬱陶しいくらいにな」
「そう。わかってるじゃない」
「本当なら、最初に提案したその友達をここに連れてきて、鬱憤を全部吐き出してもらうっていうのが最短最小手段なんだろうけど、きっとその後の人間関係を、主に山田さんがその友達から嫌に思われる、嫌われるのが嫌なんだと思う。そこをどうするかってところなんだが……」
「あの……皆さんなんで、そんなに難しく考えているんですか?」
「いや、なんで、って、それは難しい問題だから……」
「山田さんは責任感が強い方なんだと思います。自分が助けてあげないと、わかってあげられるのは友達の私だけ、みたいに自分で抱え込んでいるんだと思います。でもそれは、相手のお友達のことを考えてのことでしょう? それならなおさら、その思いを、直接伝えてはいかがでしょうか。会話は一方通行では成り立たないものです。お互いにキャッチボールをして、みたいなことを聞いたことがないでしょうか。自分の思いも伝えることで、背負い込んだ責任感を多少下ろすことができるかもしれませんよ」
「なるほどなぁ……勉強になるな……」
化神が頷いている。山田さんも少し考えているようだった。
「そうだな。俺の言葉より、知花さんの言葉のほうが今は正しいかもしれない。何を選ぶか、選ばないかは、結局どうするかは山田さん次第だけど、すぐに決めなくてもいいだろう。焦っても仕方ない。締切が迫っているわけじゃないことだからな。いずれなんとかしなくちゃいけないことだけど、自分の言葉を話しているうちに決められるだろうよ。あとは覚悟の問題だ」
「お友達ともっと仲良くなれるといいですね」
知花さんの一言を最後に、山田さんは一時的に持ち帰った。また来るかもしれないし、もう来ないかもしれない。俺たちは決して強制しないし、拒むこともしない。
「それにしても、知花さんのお言葉、とても良かったですよ。まるでカウンセラーのようでした」
化神が知花さんを褒める。
「そ、そうですか? なんか照れてしまいます」
「俺もそう思うよ。知花さんの言葉がなかったらうまく方向性がまとまらなかったと思う」
「ええ? 褒めても何もでませんよ?」
そうだ。
俺は思い出したように横長の厚紙の看板を手に取り直すと、それを持って廊下に出た。適当にバランスを考えて貼り付けて、腰に手を当てて眺める。まあ、こんなものだろう。
『生徒お悩み相談同好会』
「わあぁ、いいですね。看板。ちゃんと部活っぽくなってきますね」
「字が上手ね、千木野くん」
「そうか? 普通じゃない?」
戻ろう、戻ろうと言って教室に一行は戻っていった。もうすぐ最初の長い休みがやってくる。心待ちにしてか、してないかは別として。
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