第6話 環境討論

「では、はじめてくださーい」



 夕食前の午後の時間、ホテルに集められて、男二三人、女子二三人でグループを作ってディスカッションをして、結論を出す。そして発表する。なんてことはないくだらなくて退屈な、課外活動的校内でもできる学習活動である。グループ学習として与えられた課題は『環境問題について自分ができることは何があるか』ということ。よくありそうなテーマで、使い古されたテーマのようにも思える。本当に俺たちが考える必要があるのか甚だ疑問に思うし、必要性すら疑う。もう、国レベルで、国連レベルで話は何年も前から何十回、何百回とされているはずなのだ。俺たちの一回で何か変わるとも思えないし、たぶん何も変わらない。やるだけ無駄とはこのことで、これが授業でなければ参加する意思すら見せなかったその程度の事である。



「じゃあ、誰か意見とかある人ー」



 最悪の始まりだった。同じグループになった男子の一人が挙手を求めた。誰も手は挙げない。そこに価値を見いだせないからだ。俺に至ってはあぐらをかいて肩肘をつき、頬杖をついていた。興味関心ゼロである。意見がないわけじゃないがな。



「は、はい。最近は太陽光発電が進んでいると思います。新居の家とか、メガソーラー、大規模太陽光発電所の設置が進んでいたりして、一大ブームに近いかと」



 奇しくもまた同じ班になった知花さんが発言する。やはり、陽の側の人間であったか。



「なるほどー、それは良い意見ですね。一つ採用しますね」



 しかたなく、俺も手を挙げる。



「じゃあ、はい……。メガソーラー、どっかの知事も推進していて、一見流行っているように見えるかもしれないけど、あれ採算取るの難しすぎるんだよな。そもそも、日本の再生可能エネルギーとか自然エネルギーが進まないのは金をかけた分だけのリターンが少なすぎるからなんだよ。たくさんお金かけて作ったはいいけど、よほど天候と立地がよくないと、天気に左右されたり、思ったより風が吹かなかったり、太陽が出なかったりして失敗する。災害や悪天候にも弱い。ソーラーパネルは雨風に晒されっぱなしだから、暴風雨とかですぐにひび割れたり壊れたりする。修理費や維持費を考えるとやはり合わない。やれ太陽光だ、やれ再生エネルギーだというのは簡単だけど、海外ならともかく、日本だと難しいところもある。現実にうまくいっていれば、もっと大普及しているだろうよ、知らんけど」


「おお! 千木野くん、博識だね」



 知花さん。それは、バカにしているのか?



「ほ、他にある人?」



 別の男子が手を挙げる



「じゃ、じゃあ。プラスチックの問題は深刻だと思います。紙のストローを使うとか、対策していくのはどうでしょう」


「なるほどー、それも採用しますか」


「プラスチックね……」


「なにか……?」


「いや、べつに」



 大したことじゃない。別に大したことではない。ちょっとした個人的意見だ。



「否定ばかりして……それなら、君が何か意見を言ってくださいよ!」


「じゃあ、一言だけ。ゴミ拾いだ。ゴミ拾いで全ては解決する」



「ゴミ拾い?」


「そうだ。最も身近で、一番近所のことで問題なのはゴミ問題だ。人間は生きているだけでゴミを生む生物だ。分別してもしなくても、ゴミは出る。現代文明を謳歌して生きている者ならば出さないものはいない。生きていて環境を悪化させているのはつまり人間だというのは当たり前のことだが、だからこそ人間が環境問題を解決しなければいけない。しかし、ひとりの人間ができることなんてたかが知れている。誰も彼もがメガソーラーを建てられるわけじゃないし、エネルギー問題を解決するにはたくさんの人と労力が必要になる。凡人のような人間にできることではない。そこで、そんな凡人にもできることがゴミ拾いだ。ゴミ拾いは誰でもできる。拾って袋に入れることさえできれば、いくら時間がかかっても達成することができる。障害者も、健常者も、天才も、凡人も、美人も、秀才も、誰でも関係ない。それにスポーツにもなって世界大会になっていると聞いたことがある。世界的にも認められて推進される行いなんだよ」


「ゴミ拾いですか……考えてなかったかもしれないです。環境問題なんてもっと、二酸化炭素がどうとか、そういう事ばかり考えてしまいがちで」


「二酸化炭素削減も大切だろうよ、世界的に見れば。そういうのは、そういうことができるひとにやってもらうことにして、俺たちはせいぜいゴミでも拾って満足してればいいんだよ。ゴミ拾いなんて、恥ずかしいって思う年頃だと思うんだ、ちょうど高校生とかはな。だからこそ、それでやった感を得て、満足するぐらいで凡人には十分なのさ。きっと他のグループからも提案としてあがるだろうぜ。なんてことはない、ありふれた凡庸な考えさ」



 俺はついていた頬杖を入れ替えた。グループの意見の方向性はこれである程度まとまった。俺はよく仕事をしたと思うので、もういいかなと、話半分に聞きながら意識を飛ばしていた。



 些細なこと、か。



 知花さんの言っていた些細なことと言うのがずっと引っかかっていた。彼女にとっては大切なことで、でも俺にとっては些細なこととはなんだ。一体何が理由だ。彼女がこの部活に入った理由。俺に会いたがった理由。もしかしたら、学校も同じにしたのかもしれない。其処までする理由は何だ。何がそこまで突き動かす。恋愛なのか? 恋なのか? 一目惚れとか? いや俺に限ってそんな。寝不足のような顔をした俺が、それは無い。そもそも接点がなかったはずだ。中学は違う学校だった。知り合うきっかけなんてのはなかったと思う。本当にそうしたらなんだ。一方的に見られて、些細で大切になり得ること。わからない。わからない……。




「千木野くん、千木野くん! 聞いてますか?」


「あ、なんだ。悪い、聞いてなかった」


「発表は千木野くんにお願いしたいって」


「はあ!? なんで俺が。やだよ、面倒な」



 それはすごく面倒だな。前に出るようなことはあまりしたくない。得意じゃないんだよ、そういうの。



 俺はその場を立った。



「どこに行くんですか?」


「トイレだよ。トイレ」



 俺は逃げるようにその場をあとにした。

 

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