02 宿泊研修の相談編

第5話 小樽

 宿泊研修は一泊二日で行われる。一日目は朝、駅に集合。電車で移動して小樽市内へ。昼休憩までの午前中は自由行動に。自由行動はバカと知花さんと俺の三人グループであった。バカは興奮して前へ、前へと写真を撮りまくっていたので、俺は知花さんと二人で並んでそれを後ろから追いかける形になった。


「本来は風川も同じグループで一緒に回るはずだったけど……クラスAの連中に引き止められたから、合流が遅くなるって、連絡が来たぞ」


「そうですね」

 

「なんだ、寂しくないのか」


「私ですか? 大丈夫ですよ」


「風川と仲が良いんじゃないのか」


「ええ、仲良しさんですよ」


「そうか……まあ、そうだよな……」


「風川さんのことが気になるんですか? 私は? 私のことは気になりませんか?」


「え、それは……まあ、多少は」

 

「本当ですか? どんなところが気になりますか?」



 そんな、急に聞かれても。ええと。



「ええと、誕生日は」


「六月十七日です」


「血液型は」


「O型です」


「好きなゲームは」


「ファイナルファンタジーナインです」


「しゅ、趣味は」


「うーん、特にはないですけど、編み物ですかね。黙々と続けているのが、ハマったりしちゃって」


「へぇ、そうですか」



 俺の質問攻撃は終わってしまった。ネタ切れである。まだ他にも適当なものならありそうな気がしたが、しかし、その適当な質問は無駄であることがわからないではない俺ではない。



「じゃあ、俺のことを待っていたって。部活で待っていた、俺が部活に入るからあの同好会に入ったって言った、その理由は何ですか」



 俺は歩みを止めて真剣な顔して聞いた。



 知花さんはくすっと、笑って俺の一歩先で振り返って答えた。



「千木野くんはわかりませんか? 心当たり、ありませんか?」


「いや、それがわからないから、俺は……」


「些細なことですよ。でも、私にとっては大切なことだったんです」


「些細なこと……?」


「それはまた、話しますね」



 ほら、と言った俺の後ろ。振り返るとそこには風川がいた。手を振りながら走ってくる。



「ごめんなさい、遅れてしまって」


「構わないさ。それよりクラスの方はもういいのか?」


「ええ、大した話じゃないから」



 そうか。



 俺は彼女の息が整うのを待って、それから二人で知花さんのところへ向かった。バカも写真をあらかた撮って満足したのか、戻ってきてその途中でずっこけた。バカだなぁ、まったく。



 一行は、ガラス屋へと向かうことにした。ここ小樽は洋菓子と硝子工芸品がとても有名なのだ。訪れたのは木製の建物で雰囲気がすごくあり、二階まで展示されるまるで美術館のように飾られて販売されていた。本当に品物なのか疑うレベルで美しかった。ガラスのグラスとか、ガラスのタンブラーとか、ガラスの器とか。俺は以前にも何度かこの小樽には来たことがあったのだが、その時には買えなかったもなが一つあった。それはガラスペンだ。あれほど美しいと思ったものはない。本当に同じ人間が作ったのかと疑うレベルで、美しく、虜になりそうなものだった。この自由時間、自分の予算内であれば買い物が許されている。親に頼んで貰った予算で一番安くて高いガラスペンを買った。カラーをどれにしようか選んでいるとみんながやって来た。


「ガラスペンなんて、おしゃれなもの買うのね、千木野くん」


「まあ、いいだろ。せっかくだし。風川も何か買ったら?」


「私はグラスを買ったわ。お母さんと、私のペア」


「そうかよ……」



 お父さんにはなにもないのかな。そう思ってしまうのは普通かな。違うかな。



「千木野くん、ペンでなにか書くんですか?」


「いや、なんか持ってるだけでいいだろ。めちゃくちゃ繊細で、美しいじゃないか、これ。芸術品だよ。だから持っているだけで日々のクオリティがあがるんだ。そうに違いない」



 幸せの四葉のクローバーじゃないけど、見つけただけで、持っているだけで幸運になれる気がするだなんて言うまやかしみたいなことを信じているわけじゃないし、信じることはないし、そんなことのために買うんじゃない。ガラスペンの素晴らしさを知り、手に取り、その製作者の方に敬意を込めてお金をお支払いする。それをやりたいだけなのだ。ただ、それだけなのだ。



「すいません、この青いやつをお願いします」



 俺はレジに運ばれるその芸術品にわくわくさせながら、支払いをして物を受け取った。ものすごい高揚である。


「良かったわね」


「良かったですね」


「ああ」



 俺は大切に、壊れないように包装されているそれをカバンにしまった。



「じゃあ、そろそろ時間だから行こうか」



 俺たちは集合場所へと向かって行った。

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