第4話 神野声時After
「その後はどうだ、化神」
俺は狭い教室で練習場所を失った化神とキャッチボールしながら話をしていた。話題はつい先日のイケメン高身長、野球部の次期エース神野の話だ。
「うん、よく一緒にキャッチボールをするようになったよ。僕も少しだけど野球部に居場所ができつつあるかな。神野くんは宿木さんともうまくやっているみたいで、もちろん交際は野球を理由にこだわったけど。でも、他の女の子に対しても
俺は受け取ったボールをぽとりと落とした。いま、「ありがとう」と言われたか。俺は今「ありがとう」と言われた、言われたか。あの美少女美少年に。美少年でもあり、美少女でもある彼でも彼女でもある彼(仮)に、ありがとうと言われたのだな。いや、生きていてよかった。生きていてよかった。そんな夜を……。このまま、彼のルートに入って終わって欲しいと思えるくらいには、嬉しかったかもしれない。やっぱり可愛いって正義だよな。可愛いこそが正しい。
宿木へのアフターフォローは完璧だった。神野へ伝言を授けたのだ。以下約文。
「今はマネージャーとして自分支えてほしい。恋愛だけが人生の楽しみじゃないはずだから、他のことも楽しみながら、やれることをやりながら一緒に頑張っていこう」
化神は神野と同じ野球部だ。化神はあまり野球が上手ではなく、神野はとても野球がうまい。だから、二人を組ませることにした。俺としては化神に野球部の居場所とやりがいを与えてやることに成功するし、神野の人間関係づくりにも成功する。文字通り、すべてがうまくいくのだ。机上だけどな。空論だけどもな。しかし、野手投手の違いあれども、互いのポジションから学ぶことは多いはずだ。野球という一つの競技を通して己を高められるならそれに越したことはない。化神と、野球……化神と汗を流しながら青春過ごす……俺はやはり入る部活を間違えたかもしれない。今からでも、野球部にーー。
「残念だけど、野球部は定員で、もう募集していないんだ。大型転校生でもない限りは今年は無理かな」
俺はへこんだ。化神と汗と涙を流しながらの青春。過ごしたかったな……。
「こっちの、生徒お悩み相談の方にも顔を出すようにするよ。まだまだ一軍じゃないから、練習機会も常にもらえるわけじゃないからね」
「そうか、それなら、俺もこの部活頑張るよ」
女子二人が何か言いたげにこちらを見ている。なんだよ、別にいいだろ、美少女美少年との部活を楽しみにしても。それと、俺は君たちとは何か約束した覚えは無いんだぞ。本当に。何かあるから、俺がいるからこの部活に入ったとか言っていたのは、それは忘れてないけども。
俺はボールを軽く投げる。ボールが化神のところに帰ったところで、一度休憩。俺も自分の椅子に座り、水を飲む。そこで知花さんから声を掛けられた。
「そういえばですけど、小樽の話、千木野くんオーケーしてくれましたか?」
小樽? ああ、今週末の宿泊研修。そんなのもあったな。そのことは忘れてないけど、返事は忘れていたかもしれない。
「まあ、別にいいよ。一緒に行っていただけるなら、こちらこそお願いします」
他に行く予定の人がいないかったから、このままだとひとりぶらり小樽散歩になるところだったのだが、まあ、せっかくだ。可愛い女の子が誘ってくれているのだ。その手を払うのは惜しいと思うのは、普通ではないだろうか。
知花さんはどこか嬉しそうだった。風川も物好きなことに多分一緒に来るんだろうけれども。本当、何が楽しいんだか。
今日は依頼人が来ない日であった。この一ヶ月弱もそんな日ばかりだったのだろう。俺の次に来た羽場が初めての依頼人だ、みたいなことを言っていたからな。その間、風川と知花さんのふたりきりで、この部活にいて何を話していたのだろうか。仲は良いのだろうか。なぜ俺を待ち続けたのだろうか。
「あの、連絡先を交換しませんか?」
「……は、はい」
俺の返事は一回り遅れた。それは考えてもみなかったことだったからだ。女子の連絡先がこの端末に登録される……そんな事が起きていいのか? まるで青春のようじゃないか。おいおい、正気かよ。
交換した。風川も手を挙げたので交換した。化神とはもうまっさきに、すぐにでも交換した。ついでに何かあった困ると良くないからバカとも交換した。
一年生始まって一番目の行事は今週末。宿泊研修がもう目の前に来ていた。
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