第2話 五人目のメンバー

 それから数日。その日も変わらず、放課後にはメンバーが集まって部活動をしていた。モデルのように美人で胸の無い風川、可愛らしくて、ふわふわとしていて優しくて、誰にでも優しい胸の大きな女の子、知花さん。ぼーっと、椅子に座ってあほみたいに空中を見ているだけの男、羽場。読書をしながら優雅な放課後の時間を独り過ごしているのが、俺、千木野である。



 そしてその日、久しぶりに部室にノックが響いた。



「どうぞー」



 知花さんが、応答する。やがてドアがガラガラと開き、一人の女の子……いや、男の子が入ってきた。



 彼は第一印象としては、背が低く、とても可愛らしい美少年だった。まつげがパチクリとしていて可愛らしく、童顔で女の子のようではあるが、しかしどこからどう見ても男の子だった。こんなに可愛い男の子がこの学年には居たのか。隅に置けないな。



「はじめまして、一年C組の化神蒼(かがみあお)と言います。なんでも、生徒の悩みを相談するならばここが校内だと一番と先生に聞きました。ぜひ、お願いしたいと思います」


「化神さん、ね。部長の風川風乃です。よろしく。さっそくだけど、相談事ってなにかしら?」


「僕は野球部に入っているんですけど、実はちっともうまくならなくて。それに、なかなか居場所を作れない、といいますか。友達とか仲間とか、そういうのを作れなくて、いつも一人なんですよ。野球が上手なら、特にこだわったりしなくてもいいんでしょうけど、でもそうじゃないから。楽しくやりたいんですけど、なんかうまくできなくて。クラスでも同じような感じで。えへへ、なんか良く分からないですよね。自分でも良く分からないんです」



 俺は酷くそのことがよくわかった。彼は聡明なのだ。頭がすごくいいのだ。色々と考えて、気を回して、察して、自ら引いて、何も起きないようにする。非の付け所がなく、完璧にして、理想的な女の子よりも男の子だ。だからそれ故に孤独を抱えてしまっていて、寂しい思いをしている。なんと悲しいことか。苦しいことか。



「よく分かるよ、化神。よくわかる。それはあたりまえの感情だし、当然の想いだ。普通のことだよ、すごく。環境に恵まれなかっただけだ。プロ野球選手でも移籍した途端に大活躍する、なんてのはよくあることだろう? そのための現役ドラフトだろう。そういうの、良く知ってるだろう?」


「は、はい」


「風川、そういえば、この部活は絶賛部員募集中なんだったよな?」


「ええ、そのとおりよ千木野くん」


「あっ、そうですね。化神さんもお悩み相談室に入れば良いですね。うん、それが良いと思います」


「あっ、でも、僕は野球部が……」


「野球部はこれまで通りやればいいさ。何、併部している生徒なんてたくさんいるんだから気にすることはない。これまで通り野球は野球で頑張って、でもちょっと疲れたなんて時にはこっちにくればいいのさ。俺達と友達になるための時間だと思えば、なんてことはないだろう? 環境を変えてみることは、誰にだって許されることだし、そうでなくちゃいけない。ほら、がんばれ、化神蒼」



 俺も似たようなものだから。とは言わなかった。テストで最低点を取って、部活にも入らず、友達も作らず、一人で気ままにこれまでやってきたことが同じようだとは言わなかった。同じになんてされてたまるか。きっと本質的には似てるんだろうけど、きっと根本的にはどこか違う。部活への強制参加という環境の変化が俺に訪れたのは、良かったのか悪かったのか、まだ分からない。できればそんなことはやりたくなかったように思うが、しかし、一方で誰かの役に立つ、というのは案外悪いことではないのだろうなと、そうも思い始めているのも事実だった。ならば、この美少年とお近づきになるのも悪くないだろうとそう思ったのだ。それでいい。その理由で十分だ。



「キャッチボールぐらいなら、ここでもできるだろうよ。相手になるぜ」



 それから数日後、また彼はやって来た。はにかむように、恥ずかしそうに、でもちゃんと自分の足でやって来た。俺は彼とさっそくキャッチボールをしながら、雑談をしていた。



「野球だと野手なのか、投手なのか?」


「野手、かな。一応誰でもできるってことで、外野手だけど……」


「いやいや。外野手だから誰でもできるなんてことはないぞ。日ハムなら新庄とか稲葉とか、名手はいくらでもいるだろう。誰でもできるわけじゃない。できる人がやれば、できるまでやれば、それは輝くスーパースターになる。打席に立つ相手の特徴や、投手の傾向からどこへ飛んでるか一発で予想して、当ててみせたなんてのは有名な話だけど、それぐらいやれとは言わないが、でも、誇りを持ってプレーできる場所に変わりはない。内野手のセカンドやショートが華形のように思われていても、サードやファーストがいなければゲッツーだって取れないし、無駄なところなんて一つもないんだ。どんなプレーも次に繋がる。集中して一球一球にかじりついてやるしかないさ」


「すごいな……千木野くんも野球が好きなんだね」


「まあな、見てるだけの傍観者でしかないが」



 じゃあさ、ほら、応援歌作ろうぜ。化神の応援歌。



「お、応援歌? なんか恥ずかしいな。そんな事考えたこともなかったや」


「プロ野球じゃあさ、お祭り騒ぎみたいに、毎回毎回、選手毎に歌って応援するだろ。そうだな……たとえば、こんなのはどうだ?」


 〉さあ行こうぜ、化神!


 〉最高だ、化神!


 〉劣等感吹き飛ばして、飛ばせホームラン!


 〉かっとばせー、化神!



「ああ、『さあ行こう』、と『最高』が掛かってるんだね。なるほどそう言うのが好きなんだね」


「ま、まあ……そんなところだ」



 なんか逆に恥ずかしくなってしまった。適当に言い訳しておこう。



「まあ、その、なんだ。要は練習が大事というわけだ。うまくいっているやつとか、成功しているやつというのは、その結果とか完成形ばかりが見えてしまうから、その裏側が見えないことが多いんだ。裏での努力とか練習量を知らないで、一本のホームランだけで評価してしまう。でも世の中ってのは往々にしてそうだし、そんなものだし、その程度のものだし、誰もが平等で、不公平に、理不尽を舐めて、全てを受け入れている。嫌だと言っても逃げられず、逃げることを悪とし、逆風の中突き進むことを正義とする。変化球で逃げることも勝負のうちだって言うのに、観客からは常に全力投球のストレート真っ向勝負ばかり求められるようなものだ。ほんと、誰もかれも、みんな誰でもわかったことばかり、わかったようなことばかり、わかりきったことばかり。くそったれだよ、本当に」



 俺は腕を振って変化球を投げた。横に大きく曲がるスライダー。化神も驚いたようだった。



「父親とたまにやるんだよ、キャッチボール。変化球も、その時に教えてもらった」



 教室の中でのキャッチボールは狭くて、少し窮屈だけど、他に行くところがないから仕方ない。グラウンドは隅から隅まで体育会系の部活がひしめき合うように独占してしているから使えないのだ。



「俺も、俺も。キャッチボールやらせてよ、パース、パース」



 俺は全力のフォーシーム、ストレートをちからいっぱい投げて、バカの顔面に当ててやった。バカは倒れた。ふぅー、今日もノルマ達成だぜ。



 やがて化神は野球部の全体練習の時間だと言って戻っていった。全体練習でも練習をさせてもらえるとは限らないけど、でもやれることを。今できる精一杯をやると言って。俺としては居場所を作ってやって、陰ながら応援することぐらいしか、たぶん他に何もできないから。



 

 

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