思考最底辺から始めるラブコメ

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

01 生徒お悩み相談同好会の相談編

第1話 生徒お悩み相談同好会

「うおおおい、千木野底野(せぎのそこの)! 何をやってるんだ。それではお前は底辺の人間じゃないか!」



 人間最底辺を見ることなど、そうありはしない。自分が底辺だと思っていても、実はそんなことはなくてもっと大変な人が世の中にはいくらでもいるということは、なんてことはないよくあることである。自分が特別、自分が底辺、自分が可哀想だなんて言うのはそれこそが思い込みも甚だしく、ただの思い上がりにすぎないのだ。自分なんて、なんてと言うことは大半が大袈裟であり、そんな奴は相手にする必要なんてない。しかし、最底辺だと言うのは、あくまで自分から卑下して名乗るモノであって、他人からお前は最底辺だと言われるのは全く持って意味が違う。それは単なる侮蔑である。だからこれは侮蔑である。先生から生徒への侮蔑。ちきしょう、何だってんだよ。



「この間の入学テスト、点数がほとんど一桁。お前やる気あるのか? 入試通って入学したんだろ? 最下位だ。まさに最底辺だよ、まったく……」



 事実だった。侮蔑でもなんでない。悪いのは俺でした。てへ。



「それに部活。名前だけでもどこかに入るように言っておいたはずだぞ。どこにも入ってないじゃないか」


「あー、そんなのもありましたね……」


「千木野。まだ入学してまだ僅かじゃないか。まだ四月だぞ? 五月病じゃあるまいし、頼むぞ。今度の定期テストは赤点取ったら、即留年にしてやるからな」



 わかりましたよ、次は本気出しますよ。



「それと、どこにも入るつもりがないのなら、お前はここに行け。これは命令だ。もしもどこにも入らず、ここにも行かなかったら即留年だからな」



「はあ、はい……」



 そこは一年生の教室郡の一番奥にある空き教室だった。空き教室はよく部活動に使われていることが多い。つまり、俺も部活動に入らなくてはいけないというわけなのだろうか。ちきしょう、面倒だな。でも留年は嫌だからな。



「失礼しました……」



 職員室をあとにして指定された教室へ向かう。



「失礼します……」



 そこは空き教室だった。在るのはテーブルが一つ、椅子が二つと一つ。女子生徒が二人。俺がよそよそしくその教室に入ってくるなり、当然のようにその二人の注目は俺の方に集まる。誰だろうと、そう言わんばかりに。



「ええと、すみません、実は桜崎先生に言われて来たのですが……」


「千木野くんね。どうぞ、掛けて」



 俺はその言葉に安心しつつ、しかし名前が既に知られていることに不安を覚えながらその一つ空いている席に、向かい合う形で座った。



「ようこそ、生徒お悩み相談室同好会へ。歓迎するわ。私は部長の風川雨乃(かぜかわあめの)よ。同じ一年生だと思うのだけれども……そう、それは思い違いじゃなくて良かった。そうね、人手はいつだって、いつの日だって足りないのだから、新しい部員は喜ばしいことだわ。今は見ての通り二人しかいないから、千木野くんを含めると三人になるわね」



 さらりと話が進んているが、落ち着いてジトッとした目で見ると、やはりそうだ。俺はこの二人の女子を知っている。一人はこの部長だという、そう名前を先に名乗ってきたように風川雨乃と言い、その身長は高く、モデルのようにスリムでスタイルが良く、学校で一番頭が良い……らしい。もちろんAクラスだ。そう、噂を聞いたことがあるのだ。俺のような人間にもなると、噂とか内緒話とか、秘密の話とかそういうのは全部丸聞こえで筒抜けなのである。陰で噂されていじめられないように、日々アンテナ張って努力しているのだ。



 もうひとりは知花音花(ちばなおとは)。同じクラスの女子だ。クラスの中心にいてみんなに愛されている元気で、ハキハキとしていて、胸がでかい。みんなに優しくて、誰にだって優しい。勘違いしやすいタイプで、きっと勘違いされやすいタイプだろう。本当のところは何も知らないが、俺は勘違いしない。そういうタイプだ。



「っていうか……お、おい。待てよ。もう、その俺はなんとか同好会の部員に、既にカウントされているのか? 冗談じゃないよ、部活なんて」


「あら、どうして。この学校では部活動は必須項目じゃない。多種多様な部活動、同好会に惹かれてこの学校を選んできた人も多いはずだわ。それとも、部活動なんて今どき時代遅れ、教師も生徒も強制される文化はおかしいって、今どきの子どものように文句を言いたいのかしら?」


「まあ、そうだな、少なくとも学校選びは間違えたな」



 偏差値だけで、入学できそうな学力というところだけで選んだのは間違いだった。おかげで俺の高校生活は最底辺から始めることになってしまった。まあ、俺の思考もよく底辺を舐めるように、這いずり回っていることが多いけどな。



「あなたは既に入部届をここに提出しているわ。ほら、ここに署名と捺印がされた紙が」



 俺の記憶にない署名と捺印が!? いったい誰だそんなことをしたやつは。ちくしょう、何かの陰謀に巻き込まれているような気がするぜ。



「千木野くん、別にこの部活? 同好会? も、悪くないですよ。三年生が卒業してしまって今は部員が二人……あっ、三人になりましたけど、ほら、あまりやることないから自由ですし」


「知花さん……だっけか。じゃあ、どうして知花さんはこんな部活、同好会に入ったんだ? 言っちゃ悪いが、卒業と同時に部員がゼロになって廃部寸前の同好会なんだろ? しかも名前が生徒お悩み相談室って、誰がそんなところに相談に来るんだよ。仮に一ヶ月やってたとして、誰か来たのか?」


「いえ、来てないです……」


「まあ、そうだろうな。復活したかどうかも周知されているか怪しい同好会だ。俺もまったく知らなかった。教室の扉にも、横看板にも、どこにもそんな文字は書いてなかった。わからないよ、それじゃあ」



 まあ、やらなくちゃいけない部活動で、自由でやること特にないのなら、それは願ったり叶ったりだけどもな。最高の環境かもしれない。本でも読んでゆっくり過ごしていよう。



「千木野君は、部活動とか好きじゃないのかしら? あまり気が進まないようにみえるけど」


「ああ、嫌いだね。すごく嫌だ。集団で行動するのが苦手なんだよ、俺は。部活動とか、みんなで何かを成し遂げるとか、協力して何かをやるとかそんなん嫌気が差してどうしようもない。なんでみんなでやらなきゃいけないんだ。俺はもう十六だぞ。来年になれば十七才、イッツァセブンティーンだぞ。一人でなんでもできる年齢だ」


「イッツァセブンティーン……?」



 知花さんが首を傾げた。ベボベを知らないのか。証明写真でプリクラ撮るMVだぞ。



 やれやれ、何がスポーツや文化及び科学等に親しませ、学習意欲の向上や責任感、連帯感の涵養等に資するものであり、学校教育の一環として、教育課程との関連が図られるよう留意すること、だ。桜崎の先公には教科書のようなことを言われたが、同調というか、協調というか、それを誰でも彼でも求めないで欲しい。みんなが右向けば左を向かずに下を向くような俺である。俺には良く分からないんだよ、察するのが下手くそなんだよ。だから、いつも。こうやっていつも。



「風川さんも、知花さんも、それこそふたりとももっと人気のあるような部活……たとえば吹奏楽部とかさ、そういうところに行きそうな気がするのに。すごい偏見だけども、しかし、ふたりとも人当たりが良さそうというか、人気がありそうだと言うか、そう思える。それこそほら、体育系ならバスケとか、アニメの映画も少し前にやっていたから今人気らしいしバスケ、それじゃなくてもなんかあるでしょ映画研究でも、サイクリング部でも。わざわざこんな人のいない部活選ばなくても……」


「そうね。それはそうかもしれない。でも、あなたが来ると聞いたから、私はこの部活の部長を引き受けたのよ」



 え、俺?



「私も、わ、私も。……私も、千木野くんがこの部活に入ると聞いて、入りました。他のはお断りして……書道部とか誘われたんですけど……」



 俺? どうしてそこで俺の名前が出てくるんだ? あれ、面識というか、どこかで知り合っていたっけ?



「まあ、いろいろあるのよ」


「そう。いろいろあるんです」



 いろいろとおかしい。俺がここに来るように言われたのはついさっきで、先公に言われたからで、あれ、この二人はいったいいつから、なんのために……。



「それよりも千木野くん。もうひとり、今日は来客の予定があるのよ」


「え? そうなのか?」


「そう。だから、その前にこちら側に椅子を一つ積み上がっている後ろから取ってきて座り、今座っているお客さん用の椅子を空けなさい。多分もうすぐ来るから。今年初めての依頼人」



 風川は努めて冷静に、クールに静かに俺への指示を済ませた。俺はそれを聞くなり、仕方なく「すいません、すいません」とか言いながら席を移動した。



 待つことしばし。



 ノックと同時に扉が開いた。



「失礼しまーす! 一年F組、羽場介士郎(はねばかいじろう)です。お悩み相談室はこちらで間違いありませんか!」



 元気よく男が入ってきた。



 どこかで見たことのあるような顔だなと思いつつ、はて、どこだったかなと思い出せずにいる。第一印象はそんなものだった。あとはF組。一年生は確か、全部でEクラスまでしかなかったと思うが。入試とは別にお見舞いされた振り分けテストの成績順で振り分けられたクラスは、頭の良いエースのAクラスからエンドのEクラスまでのはず。



「羽場くん、どうぞ掛けて。おもてなしはありませんが、お話はお聞き致します。どうぞ、なんでも話してください」



 俺の同好会はこうしていきなり始まってしまった。俺は何の説明もお話もなかったんですけど。結局何をするのか、何も聞いていない。それは依頼人と言うか相談者の話の内容次第だからという事なんだろうけど、それでも段取りとか、教えてくれてもいいのにな。



「ありがとうございます! いやー、美人が二人もいると照れちゃうなぁ」



 対応に困る女子二人。俺は助け舟を出す。



「おい、何か相談があってきたんだろう? 良いから話せよ」



「ああ、すいません。実は僕、成績がこの学校で一番悪いらしくて、このままでは留年まっしぐらだと言われまして、先生にどうしたら良いか聞いたところ、こちらの部活に相談でもしておけと言われまして」



 おや、それは奇遇だな。実は俺も似たようなことをついさっき言われたばかりなんだ。しかし俺よりも下の成績とは、何点だったんだ?



「ほとんどゼロ点、たまに数点もらえるかな、ぐらいで。えへへ」



 おいおい、ノビタくんかよ。俺も他人のこと言えた立場じゃないけど、良くそれで入試通ったな。それとも俺みたいに面倒になって、テストを放棄したのか?



「いやー、なんで入学できたんでしょうね。あはは」



 俺は二人へ視線をやる。一人は腕組み、一人は頭抱えて、完全にお手上げである。初めての依頼人にして、最大の難問かもしれない。どうするんだ、これ。



「ええと、はねばか・・・・くん」


「ば、バカじゃないですよ! はね、ばか、いじろうです!」



 いいのか? 羽場、介士郎。反論になって無いぞ?



「やっぱり、面倒ですよね。すみません、ごめんなさい」


「どうして謝るの? 悪いことは、少なくとも私たちに対しては何も悪いことをしてないと思うのだけども。何に対して、誰に対して謝ったのかはわからないけど、謝るくらいなら、真面目に勉強でもしなさい。それでこれは解決よ」


「解決しちゃうんだぁ……風川さんが勉強見てあげるのは?」


「却下。私は家庭教師ではないわ。個人的に見てあげる道理も、利益も、メリットも、なにもないわ。残念ながら」



 そりゃ学年一位が一番下の面倒を見てくれたら、この上ない最高な幸運だろうけど、でもやっぱりそんなのは理想であって、現実じゃない。高嶺の花というやつだ。友達になることすら恐れ多い、崇めて、眺めるような存在。遠くから見かけたことを喜ぶ存在。本人がどう思っているのかは知らないが、他人からはそう見える。美人でモデル体型で、胸はないが身長はある黒髪を長くしたロングヘア。メガネはしていない。化粧は校則で禁止されている。故に素の美しさが現れていて、一般他的には美少女と呼ばれるのだろうと、そう思う。



「千木野君はどう思う? 彼の問題と言うか、どうしたら良いかと言うか……」


「そうだな……なあ、バカ。お前クラスFって言っていたけど、別に教室が分けられているのか?」


「いや、教室はEクラスと同じですよ。一番端っこにおとなしく座っているように先生に命令されています。Fクラスは僕一人だけなので」



 そうか、同じクラスだったのか。どおりで見たことあると思ったら。そりゃ見てるよな、毎日のように。



「EとかFって、知花さんもなかなか大きいですよね……同じ教室ですし、よく見てて、いや、もっとそれ以上あるのかな……かな、えへへへへってええ僕の関節があらぬ方向にそれ以上はないよ、無理、やめてぇ、オーノーウッ!!」



 女性に対して年齢と胸の話はするなと教わらなかったのか? 俺は突っ込みながら関節技を決めていた。しかしなぜ、俺は知花さんの代わりに鉄拳を振るっているのだろうか。なぜ俺がこんな役回りに。解せぬ。ふんぬ。



「痛い痛いいたいよー、もうぎぶー!」



 俺はある程度は決めたところで解放してやった。バカは手を合わせて正座で謝っていた。バカだからすぐに忘れてしまいそうだったけど。



「なあ、バカは部活とか同好会とかどこか入ってるの?」


「え? いやぁ、それが馬鹿だからどこも断られちゃいまして〜。実はどこにも属してないから尚の事留年しそうなんですよね」


「じゃあ、生徒お悩み相談室同好会に入れよ。人手が足りていないみたいだし?」


「え、いや、その、それは……別に気にしなくてもいいと言うか……千木野君の加入である程度は目的を達成したと言うか……」


「えぇ!! いいんですか! やるやる、やります! 入れさせてください! よっしゃあ! F組のFはファイナルのFじゃないってところを見せてやるぜ!」


「自分で言うところがバカだよな……」



 こうしてアホでバカなメンバーが増えたのだった。



 

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