第6話  風の大将と契約

「カイン……ランス村……勇者マーク……ムネヒラ……リム……」


「何です? そのバラバラなワードは」


 さすがに木を降りて来て、呟くようにエロイーズは空を見上げて言った。


「わかんねぇ!! 頭に霞がかかったようで……とにかく!! セネガのことは覚えてるんだ!! 風の大将!!」  


<転生者で記憶が蘇る者には時々あることだな……風の力はあるようだ。今の名前で契約してやっても良いぞ>


「えっと……」


 エロイーズは、困ったように僕の顔を見た。

 どうやら、このエロイーズは、清楚なお嬢様のエロイーズとは違って、名前も覚えてないようだ。


 良いのかなぁ……。精霊との契約を勝手に結んで……。


「オレの今の名前は何て言うんだ?」


 エロイーズは、急に僕の首を絞めて聞き出そうとしてきた。


 わ~~ん!! 別人だ!! 別人だぁ~~!!


「グルじぃよぉ~~ エ、エロイーズ・リッヒ……」


 その途端、エロイーズは僕の首から手を退けた。


「エロイーズ・リッヒらしいぜ」


<フム、エロイーズ・リッヒか。そうだな。滅んだ本家の分家筋だか……それでその銀髪。そして、マークウェルの魂を持つ者か。皮肉なものだが面白い。守護しよう>


 木の上にいた上半身裸の恰幅の良い髭を生やした半透明の男が、エロイーズの頭の上に移動して来た。


 僕には、見えないはずなのに、さっき名前をセネガルドに教えてしまったことで繋がりができてしまったみたいだ。半透明の精霊が僕にも見えるようになってしまった。


「セネガルド、俺の本当の名前を知ってるんだな?」


<知らなくていい……お前はようやく魂の修復を許されて出来たのだ……>


 上を向いてセネガルと話しているエロイーズは、ポリポリと鼻を掻いていた。

 こんな、癖はエロイーズにはない。


 ……てことは!! ……てことは!! エロイーズの前世は勇者で、男!? ってことは本当のこと!! 確定なんだ。


「ここは、あのイカレタ神の系譜だとか言う奴らが仕切ってる森だろ?大将、俺を此処から連れ出してくれ!!」


「ちょっと、待ってください!! あなたは、光の聖霊『グレシャス』を宿しているかも知れない身体なのです。真偽がはっきりするまで、ここにいてもらわないと困ります」


「どうすれば分かるんだ?」


「四人の予見師が占います。最終的に僕の予知夢で確定されます」


 僕は、エロイーズに説明するように言った。この清楚じゃないエロイーズも可愛いなぁ……。僕は鼻の下が思いきり伸びてただろう。


 ところがエロイーズは、可愛い顔に似ず大きな欠伸をするんだ。寝ぼけタイムは終わりか?

 ヤバい!! こんな所を見られたら、僕も大目玉を食らう。


「ねぇ、リサルディが持って来た薬酒を飲んだだけだよね?」


「あれ? そうだった ~~ 俺はもっと酒に強いんはずなんだが~? もう目が開けてられねぇぜ~~」


そう言って、僕の腕の中で眠りこけるエロイーズ。


 ――ってことは、エロイーズはすごく酒に弱いって事じゃん!!


 これからの日々に何も起こりませんように……

 僕は心から神に祈りを捧げた。


 彼女を支えるためにつんのめって、風の大将のいた木に激突してしまったんだ。

 幸か、不幸か、不眠症だった僕は、気絶したのが幸いして、三日間も寝ていたらしい。

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