第16話 告白
どちらから話しかけることもなく、家に帰ってきた俺と霞姉は、今、リビングにある食卓で向かい合わせに座っていた。そう言い出したのは、どちらからでもない。ただ、自然と、流れるようにお互いに席に着いた。
「……霞姉、ごめん……」
「えっ……?」
「その……、この間のこと……。それと、今までのこと……。霞姉が泣くまで、本当に傷ついてるんだって思わなかった……。本当にごめん……」
「私、あの時、泣いてたのっ⁉︎」
「えっ、うん……」
「うそっ⁉︎ てっきり、颯くんの前では泣いていないと思ってた……。恥ずかしい……」
赤くなった顔を両手で覆い隠す霞姉。どうやら、本人は気づいていなかったみたいだ。
「それと、これは言い訳なんだけど……。今日の、ほら、隣にいた女の子……。あの人が俺のバイト先の先輩の人……。一緒に遊びに行こうって誘われて……。決してデートとかではないんだ! これは本当に! 信じてもらえないかもしれないけど……。もちろん、付き合ってもいない!」
「それって、颯くんが瑠菜って呼んでた人……?」
ジト目を向けながら、聞いてくる霞姉。
俺は包み隠さず、正直に答える。
「ああ……」
「ハヤって呼ばれてるんだ……?」
「ああ……」
「ふうん……。下の名前で呼んで、愛称で呼ばれてるんだ?」
「ああ……」
苦しい。これだけ質問されるってことは、信じられていないってことだよな……。
「本当に付き合っていないんだ! あの人、距離感がズレてて……」
ごめん、瑠美。お前の長所を悪く言ってしまった。
俺はここにいない瑠美に謝っておく。
それでも、信じきれていない霞姉は俺に疑いの目を向けてくる。霞姉からの視線に耐えられなくなった俺はずっと気になっていた質問をぶつける。
「そういう霞姉こそ、一緒にいた北里くんとはどういう関係なんだ?」
「クラスメイトだよ」
「本当にそれだけなのか? 付き合ってるんじゃ……」
俺のその質問に、霞姉は眉を顰めて少し怒った口調で説明する。
「付き合ってないよ。ただのクラスメイト。私が好きなのは今でも颯くんだけだもん! 颯くん以外を好きになるなんて絶対にない!」
「…………あっ、そう…………」
熱い告白をされた俺は勢いと、泣かせるまで傷つけた俺のことをまだ思ってくれていたんだという嬉しい思いで、少し反応が遅れる。というか、俺が告白する前に告白されてしまった。
「その……、霞姉…………」
違う。もう、姉は必要ない。俺は目の前にいる女の子が好きなんだ。家族としてではなく、恋愛対象として。
「どうしたの? 急に黙って」
「…………」
情けないことに名前で呼べない。緊張で体中から汗が出てくる。震えが止まらない。顔もちゃんと見れない。告白ってこんなにも勇気がいるんだな。俺はその勇気を蔑ろにしていたんだな。最低だ、俺……。だけど、呼ばないと……。呼ぶんだ、俺……!
「…………霞」
「…………えっ?」
突然の名前呼びに霞姉が目を見開いて驚く。俺は一つ深呼吸すると、真っ直ぐに霞姉を見つめて告白する。
「厚かましいのはわかってるんだけど……、好きだ……。お付き合いしていただけませんか……?」
答えはわかっている。だって、さっきの言葉通りなら――
「――ごめんなさい」
「…………へ?」
間の抜けた返事が思わず出てしまった。
ちょ、ちょっと待ってくれ⁉︎ さっき、俺以外のことを好きになるはずなんてない、って言い切ってなかったか⁉︎ えっ⁉︎ 待って! マジでわからん!
みっともなく困惑する俺を見ていた霞姉は、ふふふ、と小悪魔のように微笑してから「冗談だよ」と言う。
「いや、今、冗談とかいらないだろ!」
「だって、颯くん、私の告白を保留にしておきながら、他の女の子と楽しくお出かけしてたみたいだし? 少しやり返そうかなぁって」
ぷくぅ、と頬を膨らませそんな可愛いこと口にする霞姉。
マジで焦ったぁ……。あの状況からフラれたら、俺一生立ち直れる自信がない……。
「なんだよもう……。……じゃあ……」
「うん……、いいよ……」
よかった……。これで、霞姉……、もうここでも名前呼びでいいか、霞とのギクシャクした関係も終わったんだ。たった三日ほどだったけど、それでも、やっぱり寂しかったし、会いたいとずっと思っていた。これで、顔も合わせられるし、会話もできる。しかも、いい方向で着地した。これほど幸せなことはないだろう。前に座る霞も頬を緩めてニコニコした表情で、こちらも幸せになるぐらい嬉しそうにしている。今の俺たちの間には、幸せと気恥ずかしい雰囲気があった。
これからは、恋人として遊びに行ったり、恋人として一緒に暮らしていくんだと思うと、いきなり、緊張感が生まれた。
嫌われて別れを切り出されないようにしないと……。
それこそ、今日、瑠美に言われた服装とか……。あっ、そうだ!
「霞、明日何か用事ある?」
「ないけど、どうして?」
「今日、新川と行ったショッピングモール内にあるアパレルショップで服を取り置きしてもらってるんだけど、もしよかったら、一緒に――」
「――行く! 絶対に行く!」
「お、おう……」
身を乗り出して即答する霞。
「やった。颯くんと初デートだ」
「…………っ!」
あ〜、もう! そんな顔しないでくれ!
霞は緩み切った表情で、鼻歌まで歌い出す。その可愛さと言ったら、言葉で表せないほどだ。
「でも、なんで取り置きなの? 今日、買ってこればよかったんじゃないの?」
「ああ。取り置きしてもらってる服、霞に似合いそうな服なんだ。霞のサイズわからないし、一緒に行こうと思って」
「私のために選んだ服なの?」
「……ああ」
私のためと言われたら、なぜか急に恥ずかしさが込み上げてきた。なんというか、霞のことばかり考えていたと思われているみたいで。まあ実際そうなんだけど……。
「そっかぁ……、そうなんだぁ……。颯くんが私のために選んでくれた服……」
「……なんだよ?」
「ううん、嬉しいなぁと思って」
満面の笑みを浮かべる霞。その可愛さと言ったら、フィクションで可愛く魅力のあるよう作られている女の子キャラ以上のものだった。
俺はこの笑顔を見られて幸せだと感じたのと同時に、心が狭いと思われるかもしれないが、この笑顔を他の人に盗られなくてよかったとそんなことを思った。
「じゃあ、明日……、クシュンッ!」
すっかり忘れていたけど、俺、雨でめちゃくちゃ濡れてるんだった。気づいた途端、身震いした。
「颯くん、シャワー浴びてきて。明日、風邪ひいて颯くんと一緒に行けなくなったら嫌だし」
「ああ、そうするよ」
霞に言われ、自室へ部屋着を取りに行ったあと、すぐに浴室に向かった。
もちろん、俺も明日行けなくなったら嫌だ。あれだけ霞が楽しみにしてくれているのだから。
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