第15話 霞(3)
颯くんも出かけていたようだから、久しぶりに外で食べようと思い、少し遠出をしてみた。その帰りにスーパーがあったから必要な物を購入し、家に帰るため駅に向かって歩いていたら雨に見舞われた。傘を持ってきていなかった私は、たまたま家がこの近くという同級生の北里くんと偶然会った。北里くんの傘に入れてもらい、駅に向かって歩いていると、偶然にも颯くんと鉢合わせした。その颯くんの隣には見知らぬ女の子がいた。しかも、相合傘で。私は心の奥底から嫉妬と怒り、そして、悲壮感が込み上げてきた。
……その子、誰なの……? 彼女……? 付き合ってるの……? その子とどこ行ってたの……?
私の頭と心の中がグチャグチャになる。あらゆる負の感情が、私の心を覆う。
颯くんの隣にいる女の子は、気合の入った髪型、服装、化粧をしている。
……デート……。
すると、颯くんが今までに聞いたことのないぐらいの低い声で聞いてくる。
「……誰だよ、その男……?」
「……颯くんこそ。その女、誰……?」
私は自分でも驚くぐらいの怒りの感情が混じった声が出た。
私たちの異様な雰囲気を感じ取った北里くんと、颯くんの隣にいる女が遠慮気味に口を開いた。
「…………ハヤ、今日のお出かけここまでにしよっか」
……ハヤ……? 何、その愛称……?
「傘は?」
なんで颯くんも受け入れてるの……?
「近くにコンビニ見つけてたから、そこで買うよ! じゃあ、また明後日ね!」
「おいっ! る……、新川!」
颯くんの傘から勢いよく出ていく女。一方の私たちも、
「白神さん。この傘、お貸しします」
「そんな、いいよ! 私、走って駅まで行くから!」
「そんなの――」
「――大丈夫です。俺が入れますんで」
颯くんがそう申し出てきた。
なんで、さっきの女の子を追いかけないの……? 付き合ってるんでしょ……? 私なんか放っておけばいいじゃない……。でも、
「颯くん……」
嬉しい……。
こんなことされたら、さっきのを見ても諦めきれないよ……。もっと好きになっちゃうよ……。どうして、優しくするの……? 家族だから……? 血は繋がっていなくても姉弟だから……? ねえ、教えてよ……、颯くん……。
「わかった。じゃあ、白神さん。気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとう、北里くん」
そう言って、来た道を戻っていく北里くん。颯くんが入れ替わるようにして、私を傘に入れてくれる。
また、優しくするんだ……。
「…………ありがと」
颯くんが持っているのは小さな折り畳み傘。先ほどの女の子の時もそうしていたからなのだろう。すでに、颯くんはびしょ濡れだった。それでも、私が濡れないようにしてくれる。その度に、嬉しさと悲しさによって胸がキュゥッ……! と締めつけられる。
ずるいよ、颯くん……。
私たちは、駅に向かって歩き出す。
私が避けていたのが原因だけど、久しぶりに顔を合わせられて嬉しくなる私がいる。颯くんの声を聞けて喜ぶ私がいる。優しくされて心躍っている私がいる。さっきまで黒い感情が私を覆っていたはずなのに、今ではその黒い霧が晴れて、心が暖かくなっている。そして、また実感する。好き、と。
歩き出してからすぐに、颯くんが何も言わずに両手に持っていた荷物を持ってくれる。また、胸が締めつけられる。何も言わないのは、この間からギクシャクした関係が続いているからだと思う。だけど、それでも、そうやって当たり前のように荷物を持ってくれる。
「…………ありがと」
颯くんとこのままは嫌だ。どんな形でもいい。また、当たり前のように颯くんの顔が見たい。声が聞きたい。一緒にご飯を食べたり、一日あった出来事について話したい。
家に帰ったら、ちゃんと颯くんと話をしよう。北里くんのことについても説明しよう。また、以前のように戻れるかな……。戻れるといいなぁ……。そして願わくば、さっきの女の子と付き合っていませんように……。
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