第14話 お出かけと鉢合わせ

家の中だったら、顔を合わす機会があると思っていたのだが、本当に一度も顔を見なかった。朝食、夕食はいつもより早くに用意されているし、風呂も気づけば入っているし。ことごとく避けられている感じがした。それを感じるたびに、寂しさを感じた。今まで一度もそんなことがなかったから尚更。そして、そんな日々が三日続き、瑠菜と出かける約束をしていた土曜日になった。

 俺は集合時間の十時より五分早めに瑠菜が指定した集合場所に来ていた。

 待ち合わせ場所でスマホをいじっていると、

「お待たせ〜! ハ……や……」

 振り返ると、バッチリとオシャレをしている瑠菜がいた。服の詳しい名称などは、ファッショに興味のない俺は知らないのだけれど、バイト先で見る瑠菜とは違って、いつもより大人っぽく見えるような服装だ。そんな瑠菜は、俺を見るなり信じられないといった視線を向けてきた。その視線には、今からこの人と出かけるの……? 隣に並びたくない……、何、この服装……? これで街を歩くの……? 女の子と一緒に出かける服装なの……? センス無さ過ぎでしょ……? そんな色々な感情が読み取れた。

ちなみに俺の服装は、推しキャラのTシャツにキーホルダーが九個ついたショルダーバッグ。今はレジ袋も有料なので、レジ袋を貰わないようにトートバッグを持ってきている。もちろんそれも推しキャラのイラストが描かれている。ズボンは、ファッションや見た目に拘る人なら、上の服に合わせた色合いを考えるのだろうが、そんなことを一切考えない俺は橙色一色のズボンを穿いている。つまり、これから女の子と一緒に出かけるとは思えない服装をしているのだ。だが、これに関しては許してほしい。アニオタの人ならわかるのではないだろうか? いつの間にか、持っている服がキャラティーだけになっていることが。そんなわけないか。俺が特殊なのか。

俺は気づいてはいるが、何事もなかったかのように瑠菜に質問する。

「それで、今日はどこに行くんだ?」

「えっと……、今日は……、……って、無視できないからね⁉︎ その服装!」

「何がだよ? 別に何も問題ないだろ?」

「問題大アリでしょ! しんっじられない! 女の子と一緒に遊びに行くのにアニメキャラのTシャツを着てくるなんて! そういう仲間同士ならいいよ⁉︎ 話がわかるし、互いに気持ちもわかるだろうから! だけどさ! そういうのにあまり興味のない人と遊びに行くときにその服装はどうかって思うの⁉︎」

 俺の服装に大声で早口で捲し立てるように異議を申し立ててくる瑠菜。

「なんだよ? 俺の服装なんだから、俺の自由だろ?」

「自由すぎでしょ! TPOを知らないの⁉︎」

「それぐらい知ってるわ。時間、場所、場面だろ?」

 馬鹿にするなよ?

「それを知っててそれなの⁉︎ ハヤ、告白した相手と付き合って、デートする時もその服装で行くつもり?」

「もちろん!」

 俺は胸を張って堂々と言い切った。

 俺の趣味を尊重してくれている霞姉なら許してくれる……はず……。

 俺の返事を聞いた瑠美は頭がおかしくなりそうと言いたげに、せっかくセットしてきたであろう髪をクシャクシャと掻く。もったいな……。

「……もういいや。言い争ってるだけ、時間の無駄だし……。はぁ……、行こ……」

 瑠菜は俺に呆れてトボトボと歩き始めた。目的地に着くまで、瑠菜の肩はズンと落ちていて背中は丸まっていた。

 俺の服装、そんなに変?


 瑠菜から今日の予定を何も聞かされていない俺は、ただただ瑠菜について行く。連れてこられたのは、ど定番の大型ショッピングモールだ。まず向かったのは、これまたど定番の映画鑑賞だった。映画のジャンルは恋愛。出演されている俳優さんは有名人らしいが、普段、バラエティ番組を見ない俺は誰だかさっぱりわからなかった。内容自体は、そこそこ面白かった。俺以外の人は結ばれて良かったね、みたいな感じで涙を流していた。もちろん、瑠菜も。まあ、終盤までに主人公とヒロイン間で、大きなすれ違いがあったからな……。わからなくもない。

 映画を観た俺たちは、続いてショッピングオール内を散策する。瑠菜が行くところは、基本的にアパレルショップばかりだった。新作の服、アクセサリ、化粧品などを見ていた。おしゃれに興味のある人は、やっぱりこういう場所が好きなんだろうなぁ……。アニメが好きな人が、特に目的の物がないのに見つけたら、アニメ専門ショップに行くみたいな感じなんだろう。

「ねえ、これどう思う?」

 そう言って、瑠美が服を一つ手に取り、自分に合わせて聞いてくる。

 そういう質問を俺にしないでくれ……。

 そんなことを思いながら、似合ってる、と返す。

 実際、似合っていたので問題ないだろう。しかし、

「ちがあう!」

 怒られた。

「あのね! 女の子が求めてる感想っていうのは、そういう一言ですむ淡白な感想じゃないの! もっと詳しく、例えば、今日の髪型だったら可愛く見えるけど、髪型を変えたら綺麗に見えるとか! こういう服の方はより一層、可愛く見えるとか! 瑠菜の魅力が服によってさらに際立ってるとか! そういうことを言うの! さらに言うなら、一緒に選んであげて、その服とこれ似合いそうってアドバイスしたりする物だよ! 相手がいろんな服を着ているところを想像して感想を言うのよ! その方が、女の子はちゃんとわたしを見てくれているってトキメクのよ! 何よ! 似合ってるって! そんなの感想じゃない!」

「……す、すみません……」

 なんで俺は怒られているんだ……? 別にいいじゃないか、似合ってるだけでも。そう言われただけで嬉しいものなんじゃないのか……? どうなんですか、女性の皆さん? 教えてください。

「はぁ……、わたしが彼女だったら、今ので不機嫌になってる……」

 すでに不機嫌じゃないですか?

「……はぁ、いいや……。気に入ったし、試着して合ってたら買お……」

 結局自分で確認して買うのかよ……。だったら、俺の感想いらなくね……?

「……む、今、自分で確認して買うなら、俺に感想求めるなよって思わなかった?」

 超能力者なのか? 

「い、いや、そんなこと思ってないよ! ただ、自分の言葉のなさと、勉強になりますって思っただけだ」

「そう」

 スタスタと一人試着室に向かった瑠菜。残された俺は、今の会話を聞いていたお客さんがヒソヒソと俺に視線を向けながら何かを話している。

 どうせ、彼女さん可哀想……、とか、男の人最低、とか言われてるんだろうなぁ……。まあ、いいや。

 それよりも、

「これ、霞姉に似合いそうなんだよなぁ……」

 先ほどから気になっていた服を手に取る。両肩と鎖骨がの辺りが露出するような作りになっている水色の服。多分、霞姉が着たら、大人っぽさと綺麗さが際立つ上に、色っぽさも出てくると思うんだよなぁ……。それに、水色は霞姉の好きな色だしなぁ……。いやでも、イメージ通りだとしたら、野郎どものイヤらしい視線が霞姉に向けられてしまう。となると、似合っていてもあまり着てほしくないな……。しかし……。

 う〜ん……と首を捻って、服と睨めっこしていると、試着を終えた瑠美が声をかけてきた。

「ハヤ、どうしたの?」

「いや、この服が俺の好きな人に似合いそうだなぁ、と思って」

 俺がそう返すと、瑠菜は目を丸くした。

「えっ……、なに……? もしかして、わたしのさっきの言葉で変わったの……?」

「そういうわけじゃない。ただ、目に入ってからずっと似合うだろうなぁと気になっていただけだ」

「もしかして、それ似合うだろうなぁって考えてたから、あんな淡白な感想だったの?」

「それもあるけど、会ってまだ一週間も経っていない瑠菜相手に、服のイメージがつくわけないだろ?」 

「たしかに……」

 実際、淡白だったし、俺が語彙力ないのは理解しているが。

「それで、その服買うの?」

「どうしようか悩んでる」

 別に金が足りないというわけではない。一応、財布には二万円入ってるしな。ただ、買うにしてもサイズがわからないし、霞姉の好みかもわからない。いくら、十年以上一緒に暮らしているとはいえ、服の好みまで把握しているわけではない。

「どうしよっかなぁ……。サイズわからないしなぁ……」

「だったら、店員さに取り置きできるか聞いてみたら?」

「そうだな」

 俺は瑠菜と一緒にレジへと向かう。瑠菜が会計を済ませている間に、俺は店員さんに取り置きできるか確認してみる。

「この服、取り置きできますでしょうか?」

「可能ですよ。サイズはいかがなさいますか?」

「プレゼントしたいんですけど、サイズがわからなくて……。多分、SかMだとは思うんですけど……」

「でしたら、両方とも取り置きしておきましょうか?」

「いいんですか⁉︎」

「ええ、大丈夫ですよ。大切なひとにプレゼントされるんでしょう?」

「えっと……、はい……」

 他人に言われると、少し恥ずかしいな。

「ご来店はいつ頃にされますか?」

 来店日……。正直、今の俺と霞姉の状況がいつまで続くかわからない。だったら、自分を奮い立たせるためにも、

「明日には来店します!」

 これは、俺自身の覚悟だ。つまり、霞姉に告白するのは今日!

「わかりました。一応、二週間は取り置きできますので、それまでに来てくだされば大丈夫ですよ」

 店員さーん! 俺を甘やかさないでください! 今の決意が無駄になりかけてます!

「わかりました」

「では、お名前と電話番号を宜しいでしょうか?」

「はい。名前は――」

 そうして、無事に服の取置きができた。

「じゃあ、そろそろお昼食べに行こっか。この近くに美味しい定食屋さんがあるんだって。そこに行こうと思うんだけど、いい?」

「ああ」

 俺たちは昼ごはんを食べに、一旦ショッピングモールを出た。


 ショッピングモールを出てしばらくしてから、雨が降り出した。

「嘘っ⁉︎ 雨っ⁉︎」

「天気予報で言ってたぞ? 昼から雨だって。もしかして、傘持ってきてないのか?」

「持ってきてるわけないじゃん! 朝、天気良かったんだから!」

「俺の傘で悪いけど入るか?」

「ありがと〜! 服はともかく、この行動は格好いいよ!」

「うるせえ! 余計なお世話だ!」

 人一人しか入らないサイズの折り畳み傘で相合傘。当然、どちらかが濡れるわけだが、

「ハヤ、濡れてない?」

「気にするな。男の服が透けても問題ないけど、女の子は色々と問題が起きるだろ?」

「ハヤって、意外と気遣いだよねぇ……」

「意外とってなんだよ」

 こんなの、男なら誰だってやるだろ。

 そうやって、喋りながら歩いていると、思わぬ鉢合わせが起きた。

「…………は?」

 俺はその光景を目にした瞬間、無意識にそう漏らした。急に立ち止まった俺に瑠菜が「どうしたの?」と質問してくる。しかし、今はそれに答えることはできなかった。そして、相手側も俺たちに気づく。

「…………颯、くん…………?」

 まるで、ラブコメ作品の定番シーンのようなものだった。向かいから、相合傘をしながら、仲良くお喋りをしている霞姉と知らない男が来たのだ。もちろん、霞姉も立ち止まった。

 俺は、自分の腹底からドス黒い何かが火山のように噴火するのを感じた。

 誰なんだよ、その男……? 俺には他の女子と仲良くしてほしくないとか言っておいてそれかよ……。自分はいいのかよ……? ふざけるなよ……。俺が悩んでた時間を返せよ……。

 自分のことを棚に上げて、そんなことが俺の頭の中に浮かんだ。

「……誰だよ、その男……?」

「……颯くんこそ。その女、誰……?」

 自分でも驚くぐらいの怒りの感情が混ざっていた。

 瑠菜と霞姉の隣にいる男が俺たちの異様な雰囲気を感じたのか、遠慮気味に口を開く。

「…………ハヤ、今日のお出かけここまでにしよっか」

「傘は?」

「近くにコンビニ見つけてたから、そこで買うよ! じゃあ、また明後日ね!」

「おいっ! る……、新川!」

 俺の傘から勢いよく出ていく瑠菜。一方の霞姉たちも、

「白神さん。この傘、お貸しします」

「そんな、いいよ! 私、走って駅まで行くから!」

「そんなの――」

「――大丈夫です。俺が入れますんで」

「颯くん……」

「わかった。じゃあ、白神さん。気をつけて帰ってくださいね」

「ありがとう、北里くん」

 そう言って、来た方向を戻っていく北里とかいう男。俺は入れ替わるようにして、霞姉を傘に入れる。

「……ありがと」

「…………」

 俺はそれに対してなにも言わなかった。普段なら、気にするな、とか、姉弟だしな、とか言えるが、今の鉢合わせと俺たちの状態からして何も言えなかった。

 俺たちは駅に向かって歩き始める。

 さっきのあのドス黒い感情……。あれが嫉妬なんだろう……。初めて霞姉の気持ちがわかった。

 俺は霞姉が大きな荷物を持っていることに気づき、言葉もかけず、強引に奪うような形で持つ。

「……ありがと」

「…………」

 こんな状態でも、素直に感謝を口にするところも霞姉の魅力の一つだ。

 しかし、霞姉はこんなところまで何をしに来たんだ? 何か用事があったのだろうか? 買い物ならいつも家の近くのスーパーに行くのに……。だけど、レジ袋的にスーパーなんだよなぁ……。この近辺用事でもあって、ついでに買ったのだろうか? ……そんなことよりも、家に帰ったら謝らないとな……。瑠美といたことも正直に話して、今までのことも……。それと、そんな雰囲気でもないけど、告白も……、するんだ……。帰るまでにある覚悟を決めておこう……。

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