第13話 恋愛相談
霞姉に対する気持ちに気づいた翌日。朝起きると、すでに霞姉は家にいなかった。
「やっぱり、俺なんかと顔を合わせたくないよな……」
告白を保留にしておいたくせに、他の女の子と仲良くしてたんだもんな……。第三者視点で自分を見ると、最低な人間だってわかる。
俺は自分を馬鹿にするように自嘲する。
朝ごはん、自分で用意しないとな。
そう思いながら、リビングに行くと、改めて霞姉の優しさを感じた。食卓の上には、霞姉が用意してくれた朝ごはんがあった。しかも、その隣には弁当まで用意してくれていた。
「優しすぎるだろ……」
普通、ギクシャクした状態になったら、いくら家族とはいえ、朝ごはんを作り置きしてくれたりはしないだろう。多くの人が、作らなかったり、あるいは、お金を置いて勝手に食っとけ! みたいな感じだと思う。なのに霞姉は、こうして当たり前のように顔を合わせづらくなった俺の朝食まで用意してくれている。優しいという言葉では足りないくらい、本当に心優しい、思いやりのある人間だ。
俺は椅子に座り、いつもより心を込めて静かに手を合わせる。
「いただきます」
霞姉が作ってくれた朝食を味わいながら食べる。いつも、目の前に霞姉がいて会話をしながら食べているから、今一人で食べているのが寂しく感じる。
なるべく早く、このギクシャクした関係を終わらせて、また、霞姉と仲良く食事したい。まあ、この状況が解決した頃には、否応なしに俺と霞姉の関係は少なくとも変化する。それが、俺と霞姉にとって良い方向なのか悪い方向なのかはともかくとして。
朝食を済ませた俺は、食器を洗い、制服に着替え家を出た。いつもの通学路を一人で歩くのもまた初めてだった。隣にはいつも霞姉がいたから。まさか、霞姉がいないことがこんなにも気になるとは思いもしなかった。それもこれも、霞姉に対して恋愛感情があると気づいたからなのかもしれない。
「とはいえ、自分の気持ちを本気で伝えるっていうのは、どうしたらいいんだ?」
昨日、一晩中考えてみたが、何が正しいのか考えは浮かんだが、答えは出なかった。よく、相手にプレゼントを贈るという手法が用いられるが、それが本当に正しいのかわからない。だからと言って、言葉だけだとどうしても自分がいかに真剣なのか伝わりにくいとも思う。場所や雰囲気っていうのも大切になってくるんだろうけど、今の状況からして一緒に出かけるのは難しいだろう。
「わからん! 一体、何が正解なんだ!」
はぁ〜あ……。恋愛ってこんなに難しいものなんだな……。ラブコメ作品を読んでいるから、それとなく恋愛は難しいものだとわかっていた。でもそれって、置かれている環境、関係性、設定によって難しくされているものだと思っていた。だけど、そういうの無しにしても恋愛って大変なんだと、今身にしみて感じる。
「陽介に相談するかぁ……」
多くの人から告白されてきたあいつなら知っているかもしれない。まあ、陽介曰く、多くの人が容姿に惹かれて告白してきたって言ってたしな……。でも、もしかしたら中には、容姿ではなく、内面も見て陽介を好きになった人もいるかもしれない。そういう人たちの共通点を教えてもらおう。
「なあ、陽介。自分の気持ちが本気だと、相手にわかってもらうにはどうしたらいい?」
登校してきた陽介に俺は早速質問した。陽介は突然の質問に戸惑いを見せたが、先日の会話を思い出したのか、ああ、と頷いた。
「もしかして、この間言っていた後輩の女の子の話?」
「そう。昨日、その子泣かしちゃってさ……。その時にその子に対する自分の気持ちに気づいてさ……。遅すぎるよな……」
「うん、遅いね。女の子を泣かした時点でアウトだよ」
爽やかな笑顔で即答か! まあ、そうだよな……。自分でもわかるし……。
「もしかして、告白しようって思ってるの?」
「ああ」
「なるほどねぇ……。う〜ん……、その真剣さっていうのは、自然と相手に伝わるよ? 何もしなくても。颯だって、その子に告白された時に感じなかった?」
俺は霞姉に告白された日のことを思い出す。
「そういえば……」
霞姉に告白された時、確かに霞姉の気持ちが伝わってきた。
「でしょ? だから、何かをしなくても、自分の気持ちを正直に伝えたら相手にもちゃんと伝わると思うよ」
「ありがと、陽介」
「どういたしまして。でも、僕個人の意見だから、もう一人ぐらいには聞いておいても損はないと思うよ」
「もう一人、か…………」
そう言われて真っ先に浮かんだのは成島先輩だったが、成島先輩は俺と霞姉の関係を知っているし、俺が告白しようとしていることを霞姉に言うかもしれない。それに、もしかしたら、霞姉から相談されて昨日の出来事を知っている可能性が高い。だとしたら、俺にキレている可能性が高い。成島先輩を怒らせると、とんでもないことを俺は知っている。なので、今、相談を持ちかけるのはマズい。だとしたら、残るは、
新川さんかぁ……。
この状態を生み出すきっかけとなった元凶…………、いや、違うな……。こうなったのは俺自身の責任だ。新川さんではない。しかし、新川さん恋バナに興味津々のタイプのイメージなんだよなぁ……。多分、こういう話をすると、根ボリ葉掘り聞いてくるだろうなぁ……。でも、相談する相手がいないんだよなぁ……。
こういう時に、もう少し恋愛相談をできる間柄の友達がいればなぁ、と思う。
キレている可能性のある成島先輩にするか、根ぼり葉掘り聞かれるのを覚悟して新川さんに相談するか。くぅ……、悩む……。
しばらく自分の中で葛藤し、結果、新川さんに相談することにした。どうせ、昨日、電話をいきなり切ったことにも謝らないといけないし。新川さんも今日シフトだろうし、ちょうどいい。
俺は窓から曇っている外を眺めながら、霞姉のことを静かに考えるのだった。
放課後、俺はバイト先へ着くなり、瑠菜に昨日のことについて責め立てられていた。
「いきなり電話切るって失礼じゃない⁉︎ しかも、話も終わってないしさ!」
何で俺がこんなに責められないといけないんだ……? いきなり電話をかけてきたのは瑠菜の方なのに……。そっちの方が迷惑だし、失礼だと思うんだが? これだから、自由奔放で自分勝手な女は嫌いなんだ……。
「すみません! あの場に好きな人がいたんです! 誤解されたくなかったので、通話を切らせていただきました!」
「えっ、何⁉︎ そういうこと⁉︎ だったら、早く言ってよ〜!」
俺の弁明を聞いた瑠菜は、ごめん、ごめんと肩を叩いてくる。
いや、顔を合わせるなり質問攻めしたのは、あなたじゃないですか……。弁明する隙間なんて一切なかったからな?
「でっ! でっ! 好きな人いるんだ〜? なに? もしかして、告白するの? えっ? いつ? いつするの?」
うぜえ……。興味津々とばかりに、顔を近づけてくる瑠菜。やっぱり、怒られる覚悟で成島先輩に相談する方が良かったかもしれない……。
「どうなの〜?」
人差し指を俺の頬に当てグリグリとしながらウザ絡みをしてくる瑠菜。
「する予定です……。ただ、昨日の瑠美からの電話のあとから顔を合わせづらい状態になっててだなぁ……」
「もしかして、わたしの電話のせい⁉︎」
「いや、違う! ごめん、今の言い方だと、瑠美のせいにしたように思うよな……。悪い……」
言葉選びが悪かった。危うく、瑠菜に責任を負わせるところだった。昨日の電話で、たまたま霞姉の限界がきただけだ。それまでの不満や嫉妬などの感情を霞姉に積もらせていたのは俺なのだから。
「それで相談なだけどさ……。女子的にはやっぱり……、なんだ……、その……、告白の時にら、らららら、ラブレター……とかそういうのを一緒にもらった方が嬉しいものか……?」
きっつ!
陽介とは長い付き合いだし、同性だから気軽に相談できたけど、まだ出会って一日の異性相手に恋愛相談は精神的に厳しすぎる! 途中で恥ずかしくなって口篭ってしまったし!
俺はあまりの恥ずかしさに、表には出さないものの心のうちで悶えてしまう。
でも、考えると、霞姉は本当に相談しやすい人だし、話しやすい人だと改めて思う。そこには、長年一緒に暮らしてきたという信頼関係もあるからだろうけど、霞姉の人柄が大きいと感じる。
俺の問いかけに、瑠菜は自分の考えを述べてくれる。
「う〜ん……、わたし個人の意見としては、別になにもいらないかなぁ……」
「どうしてなんだ?」
「もちろん、ラブレターとかもらったら嬉しいよ? そこまで思ってくれてるんだって思うから。だけど、ラブレターとかそういうの無しに気持ちを伝えてほしいかなぁ……。不器用でも、噛んでも、声が小さくても、口篭ってしまっても。頑張って伝えようとしてくれてるって感じるし、その姿が個人的には格好いいと思うから。まあ、告白されたことないからわからないけど」
「えっ…………」
うそ……、俺の偏見だった……? てっきり、瑠菜はモテてるんだと思ってたんだけど……。
それが表に出てしまっていたのか、瑠菜がムッ、っという表情で「わたしのことモテて、男を取っ替え引っ替えしてる女だと思ってたでしょ?」と言ってくる。
「はい……、すみませんでした……」
容姿や性格からの偏見はよくないな……。
「わたしこう見えて、一途だから。それに、どちらかというとわたし、友達として接してくれる人の方が多いから」
あぁ……、わからなくもないかも……。俺も恋愛対象としては、瑠美はハッキリ言って好みじゃない。だけど、落ち込んでる時に気持ちを晴らしてくれるような、例えるなら、心にかかった雲を晴らすような太陽みたいな存在なんだよなぁ……。出会ってまだ一日だけど……。
「だから、自分の気持ちを素直に伝えたらいいんじゃない?」
「ありがと、相談乗ってくれて」
「どういたしまして。にしても、ハヤに彼女かぁ……」
「な、なんだよ……」
想像できない、みたいな喋り方するな!
「一応、告白が上手く行った時のためにデートの練習でもしとく? ちょうど、土曜日出かける約束してたでしょ?」
「してないけどな……」
勝手に確約になっていた。というか、一応、だったり、上手く行った時のため、とか俺がフラれる前提で提案するなよ! 話してないけど、一応、昨日の夜までは好意を持たれていたんだからな? 昨日のアレで嫌われたかもしれないけど……。
「というか、まだお互いのこと全然知らないのに、なんで一緒に出かけようと思うんだよ?」
友達同士で遊びに行くのって大体、ある程度互いのことを知ってからなんじゃないのか? 友達少ないから知らないけど。
そんな俺の質問に瑠美は馬鹿にするようにチッチッッチ、と人差し指を振り、説明を始める。
なんかムカつくな……。
「違うんだよ、ハヤ。お互いにまだ知らないから、親睦を深めるために出かけるんだよ。学校でも、進級したら、新しいクラスメイトと一緒にカラオケとか行くでしょ?」
「いや、行かないけど? というか、初日で行くわけ――」
「っぷ……! もしかして、ハヤって誘われないの?」
笑いを堪えながら、そんな失礼なことを聞いてくる瑠美。
「か、かわいそうに……! ぷ、ぷぷぷ」
「違うわ! 誘われたけど、断ったんだよ!」
「見え張らなくていいよ? わかるから。十分にハヤの気持ちわかるから」
俺に哀れみの目を向けながら、慰めるように俺の肩をポンポンと叩いてくる瑠美。
やかましいわ! 別に友達いなくても問題ないっちゅうの!
「まあ、そういうわけだから、親睦を深めるためにも一緒に出かけようよ?」
「……そういうことなら行くよ」
親睦を深めようとしてくれているなら仕方ないから行くわよ。何? 男のツンいらないって? うん、俺もいらないと思った。
「じゃあ、集合場所と時間は改めて連絡するね? さあ、仕事に取り掛かろ!」
そういうわけで、土曜日に瑠菜と出かけることが決定したのだった。
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