第12話 霞(2)

 私は颯くんの部屋を逃げ出すように出ると、一目散に自分の部屋に戻った。そして、ベッドに潜り、込み上げてくるものを抑えるように顔を枕に埋めた。だけど、止められなかった。

「……ゔうぅ…………」

 嫉妬、怒り、何より失恋の痛みで涙が止まらなかった。

 いやだ……。他の人なんて選ばないで……。私を選んでよ……。私だけを見てよ……。私だけを特別扱いしてよ……。私だけを……。

「……うぅっ……!」

何度も何度も頭の中で、電話相手の人が口にした『デート』という言葉が延々に繰り返される。デートの定義が、異性とのお出かけなのであれば、友達としても考えられる。だけど、どうしても付き合っているかもという疑念が消えてくれなかった。

 私は頭上に置いてあったスマホを取ると、瑠美ちゃんに電話をかけた。誰かに話を聞いてもらわないと、とても耐えられそうになかった。数回呼び出し音が鳴ったあとに瑠美ちゃんが電話に出た。

『もしもし? どうしたの、霞?』

「瑠美ちゃ〜ん……」

『本当にどうしたのよ霞⁉︎ なんで泣いてんのよ⁉︎』

 涙声に気づいたんだと思う。驚いた様子の瑠美ちゃんに私は何があったかを伝える。

『はぁっ⁉︎ 嘘でしょっ⁉︎ あれだけ奥手の霞が頑張ってアプローチしてたのにっ⁉︎ っていうか、霞をフルってあいつどういうつもりよ! というか、本当に付き合ってるの? 颯に確認した?』

「付き合っていないとは言っていたけど、名前呼びしていて、仲良く電話もしていて、お出かけまで一緒にする約束までしてたんだもん……」

付き合っていなくても、互いに意識はしてるってことだと思う……。羨ましいなぁ……。私なんて一度も名前で呼んでもらったことないのに……。いつも姉がつくのに……。

『もしかしたら、異性の友達みたいな感じかもしれないわよ?』

「そうだけど……」

 確かに付き合ってはいないと言っていた。でも、もしかしたら隠してるかもしれない……。……でも、颯くんのことだから、付き合っていたらちゃんと私の告白に返事をくれるはず……。……でも……。

 颯くんを信じたいのに信じれない。これも恋愛だからなのかな?

『それで、霞はどうしたいの? 颯にアプローチを続けるの? それとも諦めるの?』

「諦めたくないよ……。ずっと好きだったんだもん……。今もそれは変わらないよ……。でも、今は颯くんと顔を合わせるのが怖い……」

『どうしてよ?』

「どうしても考えちゃうの。次、顔を合わした時に付き合ってるって言われたらどうしようって」

 もちろん、一緒に暮らしているのだから顔を合わせないってことは不可能なことだとわかっている。だけど、今は極力顔を合わせたくない。本当は毎日見飽きるまで颯くんの顔を見たいけれど……。でも、付き合ってるなんて言われたら、その場で泣かない自信がない。今日だって、付き合っているか曖昧なままなのに、相手の女性が発したデートという言葉に嫉妬して、危うく颯くんの前で泣いてしまうところだった。優しい颯くんはきっと、そんな私を見たら優しくしてくれるに決まっている。だけど――

「――諦めたくないよぉ…………」

 颯くんを誰にも渡したくない。颯くんを幸せにしたいし、颯くんに幸せにしてほしい。その相手は他の誰かじゃなくて私がいい。友達に見せる笑顔とは別の笑顔を私にだけ見せてほしい。他の人に対する優しさとは違う特別な優しさを私にだけ渡してほしい。それ以外の特別も私にだけ向けてほしい。願望だと、わがままだとわかっていても望んでしまう。

『顔を合わせたくない。だけど、諦めたくない。じゃあ、どうするの?』

「うぅ……」

 瑠美ちゃんの言う通りだ。颯くんに意識してもらうには、アプローチをするしかない。だけど、今は顔を合わせたくない。無茶でわがままなことだと自分で言っていて思う。

「……じゃあ、自分の中である程度覚悟ができたら顔を合わせる」

『そんな覚悟、本当にできるの?』

「うっ……」

『しかもそれ、その期間中に颯がその相手と付き合う可能性だって出てくるわよ? それで、後悔しないの?』

 瑠美ちゃんの正論にぐぅの音も出なくなる。その度に、私の心にグサグサと突き刺さってくる。

『はぁ……。霞って本当に恋愛下手だよねぇ……』

「だってぇ……」

 仕方ないじゃん。だって、初恋なんだもん。

『わかった! わたしもできる範囲で協力してあげる! それに、例の衣装も完成しそうだし』

 例の衣装とは、颯くんが好きな吸血鬼の衣装のことだ。本当に作ってたんだ……。それを着て颯くんに近づくなんて……。

 ボフッ! っとそんな勢いで自分の頬が赤くなったのを感じた。

『その衣装が完成したら、もう一度、颯にアプローチをかけなさい。いいわね? 絶対にわたしの努力の結晶を無駄にしないでね?』

「…………頑張ります」

 瑠美ちゃんが、私のために用意してくれた物を無駄にするわけにもいかないし、何より自分の恋愛を成就するために頑張らないと。

 そのためにも、それまでに覚悟を決めないと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る