第9話 一周回って可愛いお願い
颯くんの口から思いもよらぬ言葉が出てきて、私は胸がいっぱいになるぐらいの嬉しさと自分でもわかるぐらい熱を持った顔を見られたくないという思いで、私は自分の部屋に逃げ込んだ。そしてそのまま、プールに飛び込むかのような勢いで、私はベッドにダイブした。
枕に顔を埋め、私は嬉しさを体現するかのように足をバタつかせたり、ゴロゴロとベッドの上を転げ回る。
どうしよう……。めちゃくちゃ嬉しいよ……。
この胸に溜まった幸福感をどう言葉にしたらいいのか分からない。他で表せないぐらいの幸せな気持ち。まだ付き合ってもいないのに、この幸福感。恋人関係になったら、私のこの気持ちはどれぐらいまで膨れ上がるのだろう? だけど――
「――可愛いって、姉としてなのかな……? それとも、異性としてなのかな……?」
そう、颯くんは可愛いとは言ってくれた。でも、それが姉としてなのか、異性としてなのかは私には分からなかった。可愛いって言った時の颯くんの表情は、照れた表情でも恥ずかしそうにしている表情でもなかった。
「うぅ……、なんで聞かなかったんだろう……。そこが重要だったのに……。私のバカ……」
だからといって、今から聞きに行ける勇気もない。もし聞きに行って、姉として、なんて言われたら私は落ち込んでしまう。だったら、この嬉しい気持ちを少しでも保っておきたい。
「はぁ……、今日も眠れそうにないかも……」
私は時間が経ってもなお、いつも以上に早く鼓動する心臓の音を聞きながらそう思った。
履歴書を書いた翌日。俺は学校が終わると、その足で行きつけの書店に履歴書を持っていった。面接は後日だと思っていたのだが、偶然、店長がいて時間もあるということで、そのまま面接を受けることになった。
面接の質問は、基本的なことしか聞かれなかった。名前、この店を選んだ理由、自分の長所、短所。あとは、どれぐらいの頻度でシフトに入るのか、どれぐらい稼ぎたいのかという簡単な質問ばかりだった。
「わかりました。では早速、明日からよろしくお願いします」
「あっ、はい……。よろしくお願いします!」
俺的には、ちゃんと質問の内容に合うような答えを返せていたか怪しかった。だから、不採用を覚悟していたため、間の抜けた返事をしてしまった。
「仕事内容はまた明日改めて話すよ。履歴書はこちらで預かっておくね」
「はいっ!」
「じゃあ、今日はこれで」
「はいっ! ありがとうございました! 失礼します!」
俺は店長にお辞儀をし、面接部屋を去った。
店を出ると、霞姉が店前で待っていた。
「あっ、颯くん!」
「霞姉、こんなところで何してるんだ?」
「颯くん、放課後、履歴書出しに行くって言ってたから待ってたの。一緒に帰りたいし」
「そう、なんだ」
こんなにも一緒に帰りたいと言ってくれる人がいるだろうか? 一緒に帰ることが習慣になってるとはいえ、用事もないのにわざわざこうやって迎えに来る人なんていないだろう。それどころか、カップルでもここまでして一緒に帰ろうとする人は少ないはずだ。だからこそ、霞姉の一緒に帰ろうとしてくれる姿は、より一層、愛情が伝わってくる。
「ありがと、霞姉」
「ん? 今、感謝することあった?」
突然の感謝の言葉に、霞姉は首を傾げる。霞姉は当たり前のように一緒に帰ってくれるけど、こうやって考え直すと、全然、当たり前じゃないんだなぁ、と気付かされる。
「いや、なんとなく言いたかっただけ。それに、昨日の面接練習のおかげで、採用されたよ」
「えっ、面接も受けたんだ?」
「うん。店長が、時間もあるしちょうどいいから面接も済ませちゃおうかって言われて」
「そうなんだ。それで、遅かったんだね。でも、よかったよ。おめでとう、颯くん」
「ありがと、霞姉。じゃあ、帰ろっか」
俺と霞姉は自宅の方向に向けて歩き出す。
「そうだ! 帰りにケーキ買って行こうよ。颯くんのバイト採用記念に」
「いいよ、わざわざ。そこまでしてもらうような大したことでもないし」
大学や就職先が決まったならまだしも、バイト先が決まっただけだ。大して祝われるようなことでもないだろう。
「いいでしょ! それに、私もケーキ食べたいし」
「でも、俺ばかりもらいすぎなんじゃ……」
「そこまで言うなら、一つだけ我が儘なお願いしてもいい?」
「? 別にいいけど」
霞姉の我が儘なお願いって一体何なのだろうか?
「じゃあ……。颯くんの初めてのバイトのお給料。自分の趣味に使う前に私のために使って欲しい」
…………。なんて、可愛い我が儘なお願いなんだ……。いや、ラブコメ作品でヒロインが主人公に手を繋いでいてほしいとか、雷やお化け、真っ暗なのが怖いというヒロインが主人公に今日は隣にいてほしいなどの可愛いお願いはたくさん見てきたけど、今の霞姉のお願いは一周回ってそれ以上の可愛さがある。
「やっぱり、ダメだよね……? ごめんね?」
霞姉は、黙ってしまった俺が断りづらくなっていると感じたのか申し訳なさそうな顔で謝ってくる。
「いや、別にダメなわけじゃない。……うん、いいよ」
「本当? 無理してない?」
「無理してないよ。それに、さっきも言ったけど、霞姉には色々もらってるし」
「だったら、いいんだけど……。じゃあ、楽しみにしてるね?」
「ああ」
その後、ケーキ屋に寄り、俺たちは帰宅した。帰る道中、霞姉はずっと鼻歌を歌っていた。本当に楽しみにしていることが伝わってくる。ただ一つ問題がある。それは、霞姉に何をあげるかだ。もちろんだが、俺に女の子が欲しがるような小物などは分からない。
今のうちに調べて考えておかないとなぁ……。
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