第8話 義姉の可愛い質問

 突然だが、面接の練習を行うことになった。

 リビングにて、今しがた風呂から上がってきた霞姉が俺の対面に座っている。ドライヤーで少し乾かしたのだろうが、まだ乾き切っていない髪からは時々、水滴がポトリ……とこぼれ落ちる。その様が、妙に艶かしい。ちなみに、服装は昨日と同じ寝間着だ。何度見ても感想は変わらない。最高の一言に尽きる。

 俺は、女性の容姿について三タイプに分けられると思っている。一つは可愛い系。もう一つは、美人系。そして最後に、美人系と少し似ている大人っぽい女性だ。霞姉は容姿で言えば、間違いなく美人系だ。だが、そこに性格、仕草、言動によって可愛さも加わってきている。さらにさらに、霞姉の場合、そこに艶っぽさもある。ここまで兼ね備えている女性は、二次元のキャラでもそこそこ存在しないと思う。つまり、何が言いたいかというと、霞姉は完璧すぎるということだ。そしてそれにより、俺は目のやり場に困る。

顔を見ても色っぽさがあってドキマギするし、かといって体を見れば私を見ろ! と強調してくる大きいモノがあるし! 目に毒を通り越して、目に猛毒だろ! しかもなぜか、霞姉はメガネをかけてるし!

多分、ラノベやマンガのキャラが、勉強会シーンで伊達メガネをかけるのと一緒なのだろう。実際、霞姉のは伊達メガネだ。だが、その意味もなく格好から入ろうとしていることが可愛らしい。

「じゃあ、始めようか。え〜っと、お名前は神白颯くん、年齢は十五歳、高校一年生かな?」

「はい、そうです」

「ここを選んだ理由を教えてください」

「はい。えっと……」

 家からも学校からも近く、行きつけの書店だから、なんて、正直に答えるのは駄目だよな。高校受験の時にも言われたし。

「こちらの書店に何回か通わせていただいているんですが、いつも思うことがあるんです。それは、店員さん同士が、仲良さそうで和やかで、互いに積極的にコミュニケーションを図っているように見えるんです」

 ちなみに、これは本当だ。俺の行きつけの書店は、かなり店員同士の距離が近いと思っている。それは、和やかな明る良い雰囲気から感じ取れる。たまに別の書店に行くのだが、その店の店員はギスギスしてるというか、先輩、後輩の上下関係が厳しそうに見える。でも、行きつけの書店では、上下関係がないのかというほど全員が仲良さそうだった。

「店内も和やかで、他の飲食店や同じ書店だと雰囲気と違うなぁと感じました。なので、こちらで働かせていただきたいなぁと思いました」

「では、あなたの趣味・特技を教えてください」

「はい。僕の趣味は――」

 こんなくだらない面接の練習のやり取りを聞いたところで、つまんなくなるだけなので割愛させてもらう。

「では最後に。仮にバイト先に二つ、三つ離れた可愛い、あるいは、美人な女性がいたとします。あなたはその人と仲良くしますか?」

 なんだ、その質問? 絶対に聞かれないよな? こんな質問。

「霞姉。それ聞く必要ある?」

「あるよ。それで、答えは?」

 なんだか圧があるな……。

「まあ、必要最低限は仲良くするよ」

 俺は適当に答えを返す。さらに、質問が飛んできた。

「では、仲良くなって、相手から告白されたらどうしますか?」

「まあ、話が合ったり、趣味が合致したり、一緒にいて過ごしやすい相手だったらオッケーするかな……」

「ふぅん……、へぇ、そうなんだぁ……」

 俺の答えを聞いた霞姉は不機嫌になり始めた。

「十四年も一緒にいる私の告白は保留にしておいて、一年も経たずに仲良くなった相手の告白は受けるんだ……。ふぅん……」

「いや、そういうわけじゃ……! というか、面接受かるかもわからないだろ! 仮に合格したとしても本当にそんな人がいるかわからないだろ! それに、俺に告白するなんて万が一にもないと思うが⁉︎」

「別にいいんだよ? 颯くんが誰と付き合おうなんて。だって、颯くんの自由だし。まあ、自由ってだけで、私はその人のこと好きにはなれないし、私から颯くんを奪ったことに恨みを抱いていじめるかもしれないけど……」

 ちょっと待ってくれ! 怖すぎる! 何より、俺に対する愛が重すぎる! いや、愛が重いということは、それほど好意を持ってくれてることへの裏返しでもあるけどさ! でも、怖いよ!

「まあ、それは冗談として」

 いや、笑って言ってるけど、冗談には聞こえなかったぞ! まじでやりそうなレベルだったぞ⁉︎

「颯くん、面接のときは面接担当の顔をちゃんと見ようね?」

「いや、霞姉が可愛すぎて見られなかったんだよ。他の人ならちゃんと見れてる」

「えっ…………」

「ん……?」

 俺と霞姉の間で沈黙が訪れる。

 ちょっと待て……。今、可愛いって口走らなかったか……? 

 思い返してみる。

……うん、口走ったな……。

 いや、まあ、口走っても問題はないんだけどさ。こう、少しずつ恥ずかしさが込み上げてくるというか……。まあ、霞姉の表情を見てたらなんてことないんだけど……。

 目の前に座る霞姉は、メガネが傾き、可愛らしいタレ目も大きく見開かれ、顔は真っ赤に、口はパクパクと動かしている。

「いま、なんて言ったの……?」

「いやっ、その……」

 っく! 無理だ! 瞳を潤わせて、いかにも、お願い、もう一度言って……、というような表情で見られたら! 

「可愛いって言った……」

 俺がもう一度口に出すと、霞姉は耐えかねたようにバッ‼︎ と勢いよく立ち上がり顔を両手で覆いながら、脱兎の如く、自室に去っていった。

 一人取り残された俺は、

「可愛すぎる……」

 と静かに呟くのだった。

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