第7話 長所

 昼休み。いつものように食堂で俺は、霞姉と陽介と、そして成島先輩と一緒に飯を食っている。俺たちは四人がけのテーブルで他愛のない話をしながら食事を楽しむ。

「霞姉、今日の弁当も美味しいよ」

「ありがと」

 俺の淡白な感想に霞姉は嬉しそうに笑う。

 美味しい。この言葉だけでは、本当に美味しいと思っているのか伝わらないと思うが、俺は本当にそう思っている。ただ、事細かに感想を述べられるかと言われれば、それは難しい。別に料理について詳しいわけでもないし、ましてやプロの料理人でもない。だが決してお世辞ではない。すると、成島先輩に何か言われたのか、顔を真っ赤にした霞姉が、声にならない声をあげて隣に座る成島先輩の肩をポコポコと叩く。

 見た感じ、からかわれたのだろう。

「そういえば、陽介。お前、バイトやらないのか?」

「考えてはいたけど、どうしようか悩んでる。颯は?」

「俺はバイトしようかなぁって考えてる。一応、行きつけの書店がバイト募集してたから」

「そうなんだ」

 推しキャラのグッズを買うお金がそろそろ底をつきかけている。その上、今年の十月には一番好きな漫画作品のアニメ放送も始まる。予定では、その作品のブルーレイは全巻買う予定になっている。だからといって、他の推しキャラのグッズを我慢したくはない。そうならないように、俺は本気でバイトを始めようと思っている。

「成島先輩は何かバイトされていないんですか?」

「部活がない日はしてるわよ」

 成島先輩は高校でも被服部に所属している。本当にファッションが好きなんだろうなぁ。

「どこでバイトしてるんですか?」

「帰路にあるアパレルショップ。やっぱり、せっかくバイトするなら好きなことだったり、将来の糧になるようなところで働きたいし。勉強もできて、お金ももらえるなんて一石二鳥でしょ?」

 すごい考え方だ。多分、多くの人が給料の高さや仕事内容の楽さでバイト先を決めているはずだ。なのに先輩は、自分の将来の糧になることを前提にバイト先を決めている。それに、仕事に対するモチベーションも変わってくるはずだ。興味のない仕事をしてもモチベーションがわかないはずだ。でも、興味のある仕事をすれば勉強にもなるし楽しいに違いない。

「ちなみに、霞はバイトしないの?」

「家事もあるし、時間的に無理かなぁ……」

「大変ねぇ……。颯、あんたちゃんと手伝いなさいよ?」

「手伝ってますよ」

「本当に?」

 俺の言葉が信じられないのか、成島先輩は疑いの視線を向けてくる。

「本当ですって」

「瑠美ちゃん、本当だよ。風呂掃除、トイレ掃除、食器の後片付け、部屋掃除は颯くんがやってくれてるよ」

 疑われている俺を霞姉がフォローしてくれる。

「霞が言うなら本当なんでしょうね」

 なんで俺は疑われて霞姉の言葉は信用するんだ。長年の付き合いだから? それとも、俺がそういう家事をしているイメージがわかないから?

「でも、もっと手伝いなさいよ」

「先輩、俺にはこれが限界ですよ? 先輩も知ってますよね? 俺が料理できないの」

「知ってるわよ……。散々、目と脳に焼き付けられたから……」

 先輩は中学時代の俺の様々な大失態を思い浮かべているのか困った表情を浮かべる。

「にしても、洗濯とかできるでしょ?」

「それなんですけど、前にしようか? って訊いたら断固拒否、みたいな感じで断られたんです」

「どうしてなの、霞?」

「だって……」

 霞姉は成島先輩だけに打ち明けるように、俺と陽介には聞こえない声量で成島先輩に何かを話した。それを聞いて納得したのか「なるほど……」と先輩は頷いた。何かを打ち明けている最中、霞姉の頬は少し赤らんでいるように見えた。

「先輩、霞姉なんて言ってたんですか?」

「これは言えないわね」

 気にはなるが、教えてもらえないなら引き下がるしかない。教えてもらえないものは、いくら聞いても教えてくれないものだ。誰だって、人には教えられない秘密ごとは持っている。例えば俺なら、押し入れに推しキャラのちょっとエロい抱き枕を隠してあるとか。ちなみに、十八禁ではない。決して違う。

「さて、昼休みもそろそろ終わりだし解散しよっか」

 俺たちは教室に戻るべく、食堂近くの階段を登る。二年生の教室がある三階の踊り場で俺は霞姉を呼び止める。

「霞姉。俺、帰りにさっき言った書店が、まだバイト募集してるか確認して帰るから先に帰ってていいよ」

「じゃあ、私も参考書買いたいから一緒に行くよ」

「それだったら、俺が買って帰るよ。またあとで、スマホにメッセージでも――」

 入れといて、と言いかけたところで、霞姉が俺に近づき、俺以外に聞こえない声量で、

「もう、颯くんの鈍感。私は颯くんと一緒に帰りたいの。わかった?」

 そう言うと、駆け足で教室に戻って行った。もちろん言うまでもなく、俺はその場でフリーズした。陽介からあとで聞いたのだが、その時周りにいた生徒が俺に、家族だからってふざけるなよ! と殺気のこもった視線を送っていたらしい。

 霞姉、距離感を考えて……。そして、男心を燻るような可愛い発言をしないでください。心臓に悪いです。


 放課後。俺は霞姉と待ち合わせして、一緒に行きつけの書店へと向かい、アルバイト募集の張り紙がされているかを確認し帰ってきた。帰り途中でコンビニに立ち寄り、履歴書も買ってきた。俺は早速、履歴書を書き始める……のだが……、

「長所って何を書けばいいんだ……」

 俺は書くのに手間取っていた。

 長所のを書く前は、学歴の部分で止まった。しかし、それは便利アイテム、スマホで解決した。スマホで調べれば、いくらでも出てきた。しかし、長所、短所は違う。なにせ、これは自分を顧みないと出てこないものなのだから。

「短所はいくつも出てきたのに……」

 短所なんていくらでも出てくる。だけど、長所を書くとなると、それが本当に自分の長所なのか疑わしくなってしまう。それに、自分で長所を書くのって、なんか自分を褒めてるみたいで少し書きづらい。

「う〜ん……、俺の長所が見当たらない……」

「颯くんの長所は――」

「うわっ⁉︎」

 突然、右から顔を覗かせてきた霞姉に驚き、俺は椅子ごとひっくり返りそうになる。

「とっと、危ない。大丈夫、颯くん?」

 霞姉に助けられ、どうにかひっくり返らずに済んだ。それよりも、

なんか色っぽく見えるんだが⁉︎

霞姉は制服からラフな格好のルームウェアに着替えていた。それはいい。問題は、髪を一つに束ねられたことにより見える白く美しいうなじと襟元から見える鎖骨だ。何かこう、グッとくるものがある。もちろん今までは、うなじが見えたところでドキドキしたり、そもそもうなじ自体を意識したことはなかった。こうやって意識させられているのは間違いなく告白された影響だ。告白されると相手が意識をしてくれると聞いたことはあるが、まさかそれを自分が体験するとは。

「どうしたの、颯くん?」

「い、いや、何でもないよ。それよりも霞姉、いつの間に……?」

「今だよ。ノックしても返事しないから、勝手に入っちゃった。ごめんね」

「いや、別にいいよ。ノックに気づかなかった俺が悪いし」

 どうやら俺は、ノックにも気づかないほどに悩んでいたようだ。

「それで、長所で悩んでるんでしょ?」

「ああ。全く思いつかなくってさ……」

「颯くんの長所なんていっぱいあるよ。例えば、気が利いたり、周りに気を配っていたり、困っている人を見かけたら自分から声をかけるし。他にも、文句を言いつつも最後までやり切ったり、行動力もあるでしょ。細かいところまで見てるし、他人のいいところも見てたりするでしょ。あとは――」

「いや、もう大丈夫だよ、霞姉!」

 少し褒められすぎて照れてきたため、俺は霞姉にストップをかける。霞姉はまだ言い足りないよ? と首を傾げるが、それ以上言われたら逆に恥ずかしくなってくる。だけど、

「それ、全部買い被りすぎじゃないか?」

 身内贔屓。そう思えるほどに、俺は霞姉があげた長所に自分が当てはまっているとは思えない。

「そんなことないよ」

「いや、俺にそんな長所は――」

「――あるよ。颯くんが気付いてないだけで、私は知ってる。だって、ずっと見てきたんだから」

 本当に自分に霞姉の言ってくれた長所があるのかはわからない。だけど、家族として、一緒にいた霞姉が言うのだ。もしかしたら、間違いないのかもしれない。そう思えた気がした。

「ありがとう、霞姉。とりあえず、書いてみるよ」

「うん。ところで、なんでバイト始めようと思ったの?」

「単純に推しキャラのグッズを買うお金がなくなってきたから」

 ファッションに興味もないし、恋人がいない俺には、それ以外に始める理由がない。それを聞いた霞姉は頬膨らませ、またドギマギさせる可愛いことを言った。

「むぅ……。私のためじゃないんだ? そっかぁ……。私は二次元のキャラに負けてるんだぁ……。ふぅん……」

「いや、そう言うわけじゃ! も、もちろん、霞姉の方が魅力あると思うよ!」

 なんか、彼女に嫉妬されているような気分だ。というか、まだ霞姉とはそう言う関係じゃないんだが⁉︎ なんか、彼女ではない自分に恋愛感情を持ってくれている人に嫉妬されるのって、変な気分ではあるが、少し嬉しさがある。

「ふふふ、冗談だよ。まだ彼女でもないのにそんなこと言えないよ。それに、付き合ってても、文句は言わないよ。趣味があるのはいいことだし、それにどれだけお金を使おうがその人の勝手だし」

 なんて素晴らしい人なんだ! なかなかいないぞ! 趣味にお金を使っていいよって言う人なんて!

「さて、夕食の準備してくるね」

「あ、うん」

 本当、霞姉ほど優しい人がこの世にいるだろうか? 俺の知る限りじゃいない。

「その優しさに甘えて、いつまでも待たせるわけにはいかないな」

 真剣に考えつつ、なるべく早く答えを出さないと。

 俺は霞姉が述べてくれた長所を履歴書に書き込みながらそう思った。

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