第6話 基準
教室に着いた俺は、自席に座り、読みかけのラノベを取り出した。
今、読んでいる作品の内容は奇しくも、義理の兄妹のラブコメ作品だった。ただ、この作品の場合、中学生の時に親が再婚して兄妹になってるわけだから、顔合わせした頃には、主人公もしくはヒロインが恋愛感情を抱いていた可能性がある。それに、この展開、後々に実は昔出会っていたっていうパターンだな。これじゃあ、参考にならない。
「はぁ……」
霞姉を異性として見れないかと言われたら違う。昨日の時点で、すでに意識し始めている。だけど、確実に異性として見れているという確証はない。感覚と確証では大きく違ってくる。それに、付き合っても霞姉を家族として見る可能性もある。さらに言えば、付き合って別れましたってなったら、俺もだが、霞姉も気まずくなるだろう。
でも、霞姉のことだから、それも考慮して告白しているだろうなぁ……。ってなったら、相当な覚悟と決意があったはず。それを無視するのは男としてどうかと思う。そうでなくても、無下にはできない。今後の俺たちの関係を決める分岐点。しっかり考えないと。
「でも、俺には相談できる相手が……」
「いるじゃねえか!」
「うおっ⁉︎」
突然の声に俺は豪快な音を立てながら、椅子ごと後方に転倒してしまう。
「あっぶねぇ……」
一番後ろの座席だから良かったものの、後ろに座席のある位置だったら間違いなく頭をぶつけてたな。
俺は尻餅を着いた状態で顔を上げ、こうなった張本人に恨めしげな視線を投げる。
「危ないだろ! 陽介!」
「わるいわるい!」
おちゃらけた笑顔で手を差し伸べてくる陽介。こいつ、悪いと思ってないな。
「んで、何難しい顔してたんだ?」
「少し悩み事だ」
「普段、何にも考えてなさそうなのに?」
「失礼だな。どの推しキャラにどれだけ散財できるかぐらいは考えてるわ!」
バイトもしていない、高校生になりたての俺には、当然ながら使えるお金がない。そのため、授業中でも今の手持ちの金でどのキャラにどの程度散財するかを計算するのがクセになっている。って、そんな話ではなくて!
「それとは別の悩み事だ。俺だって悩むことぐらいある」
「ちなみに、どんな悩み事? まさか、恋愛ごと? いや、ありえ……、まさか、本当に恋愛絡み……?」
言い当てられたから顔に出ていたのか、陽介が信じられないといった様子で確認してくる。
「ああ……」
「あの颯がねぇ……」
感慨深そうに呟く陽介。
陽介は容姿とその優しい性格もあって何度も告白されている。だが、陽介はこう見えて一途なので、全ての告白を断っている。なんでも、好きな人がいるとか。
「それで、颯はなんて返したの?」
「いや、保留にしてもらってる」
「なんで? 彼女欲しいって言ってたじゃないか?」
「そうなんだけど……」
俺は周辺に目を配らせながら、陽介に顔を近づけろ、と仕草で示す。
「何?」
そして、絶対に周りに聞かれてはならないので、自分の中での最小の声量で話す。
「相手が霞姉なんだよ」
「えっ、ちょっと待って。どういうこと?」
「昨日、霞姉に打ち明けられたんだけど、なんでも、俺と霞姉は実の姉弟じゃないらしい」
「それ、本当?」
「ああ」
「まあ、颯は嘘つかないもんね。それに、お姉さんも」
普通ならこういう大事なことは他人には話さないと思う。言いふらされるリスクがあるから。だけど、陽介にはその心配は必要ない。陽介とは中学からの友達だが、こいつが他人の事情や悪い噂を広めたことは一切ない。他人の悪口も言わないようなやつだ。
「ってことは、異性として見れないとかそういうこと?」
「ああ」
「なるほどね」
「ただ、異性としては徐々に見始めている感覚がある」
あれだけアプローチされたら嫌でも意識させられてしまう。
「つまり、確証がないということ?」
「そういうことだ。あと、付き合って別れた時の気まずさとか」
「あぁ……。でも、お姉さんのことだから、そこら辺は考えても自分の気持ちを伝えたかったんじゃないの?」
「俺もそう思ってる」
俺から別れようと言い出すことは絶対にない。霞姉がどれだけ良い人なのか知ってるから。だけど、霞姉から別れを切り出される可能性は大いにある。だから、俺は別れた時のことを考えてしまう。
「これはあくまでもオレの考えだけど、別れた時のことを考えてもしょうがないんじゃないかな? 別に別れるっていう未来が確定しているわけでもないし。それに、すれ違った時に話し合ったりすれば、それは避けられると思うよ」
確かに、陽介の言う通りだ。そうならないようにすれば良いだけのこと。だけど、問題はもう一つ。
「でも、俺が霞姉のことを異性として見れているっている確証がない」
「その確証を得るのは簡単だよ。例えば、嫉妬、とかね。嫉妬心が芽生えるってことは、その人に恋愛感情を抱いてるって考えてもいいと思うよ。あとは、独占欲とかかな」
なるほど。確かに、多くのラブコメ作品でもそうだ。自分の中で知らぬうちに嫉妬心が芽生えてたとか。他の人に取られたくないとか。そういう感情に気づき、相手を恋愛対象として見ることが多い。やっぱり、現在進行形で一途に恋愛している人は違うな。
「なんとなくわかった気がする。ありがと、陽介」
「気にしなくていいよ」
陽介に相談したおかげで、俺はなんとなくではあるが、自分の中で霞姉を異性として見てるか見てないかの基準ができた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます