第5話 告白の翌日
霞姉に告白された翌朝。
俺は完全に寝不足だった。その原因はもちろん、霞姉からの告白やその後の霞姉の行動だ。
「ふぁ〜……」
もう何度目かわからない欠伸をしつつ洗面台へ向かう。にしても、昨日の霞姉の寝間着姿可愛かったなぁ……。しかも、俺が好きなモコモコパジャマだったし。っていうか霞姉、あんな寝間着持ってたんだ。初めて見た。
「あっ、おはよう、颯君」
洗面所へ続く扉を開けると、先に顔を洗っていた霞姉が俺に気づき挨拶してくる。今起きたばかりなのか、霞姉は例のモコモコパジャマのままだった。やっぱり可愛い。それよりも、だ。霞姉の眩しい生美脚が目に毒なのだが⁉︎ 触れなくてもわかるぐらい、ムチムチモチモチしてそうな白い生足。義理の姉と知らなかった昨日の朝までは何も思わなかったというのに。義理の姉で、なおかつ、俺に好意を持ってくれていると知ると、無性にエロく感じ、ドキドキしてしまう! というか、少しは隠そうとしようよ、霞姉! これも、何かのアプローチなのか⁉︎
目の前の美脚から、俺は目を逸らそうと顔を横に向けつつ挨拶を返す。
「お、おはよ! 霞姉」
声も緊張から裏返ってしまった。
「どうしたの? 変な声になってるよ?」
霞姉のせいだよ!
口に出さず、心の中でツッコミを入れる。
「髪、ボサボサだよ?」
そう言って、俺の髪に触れる霞姉。もちろん、自然と距離は近くなる。
ちょっと、ちょっと、ちょっと! 距離、近すぎない⁉︎ 女の子特有のいい匂いもするし! それに……、
すこ〜しずつ視線が霞姉のまるでモモか何かが入ってるのかと思うような立派に育った胸元に向かう。これも、今までは意識してこなかったが、もう話が違ってくる。この距離感も昔は普通だった。しかし、昨日の霞姉の告白によってこの距離感も違う意味になってくる。今の俺と霞姉の関係を例えるなら、フィクションでいう幼馴染との恋愛に近いだろう。
意識を覚醒させるために顔を洗いにきたはずだったのだが、霞姉の距離感により俺の意識ははっきりとし始めた。
「よしっ、できたよ」
「あ、ありがとう、霞姉」
「どういたしまして」
心を癒すような朗らかで優しい笑みを浮かべる霞姉。それと、愛おしそうに見られている気がする。これは、俺の自意識過剰なのか?
「そ、それはそうと距離が近い気がするんだが……」
「昔はこれぐらいの距離普通だったでしょ?」
「いや、そうなんだけど……。でも、今は違うというか……。好意を向けられているってなると、ドキドキするというか……。だから、その……」
伝え方が難しい。これの例えをフィクションで書いてる人って表現力すごいなぁ。
伝え方に戸惑っていると、霞姉が嬉しそうに聞いてきた。
「颯くん、ドキドキしてくれてるんだ?」
「うっ……、ま、まあ……。むしろ、しないほうがおかしいというか……。それに、女の子に告白されたのも初めてだし……」
「そうなんだ!」
くっ、めっちゃ恥ずかしい。俺は照れ隠しでぶっきらぼうに尋ねる。
「なんで嬉しそうなんだよ?」
「だって、異性として意識してくれてるからドキドキしてるんでしょ? そんなの告白した私としては嬉しいよ」
また可愛らしいことを。小動物が可愛いっていう人に今の霞姉を見せたい。もう、テレビに出てる女優、アイドル以上に今の霞姉はとんでもなく可愛い。
「これからもアプローチするから覚悟しておいてね?」
可愛くウインクを決めながらそう言うと、霞姉は学校へ行く支度を始めるため自室に戻って行った。その背中を見送りながら、俺は、ほどほどにお願いします、と心の中でお願いした。
霞姉が用意してくれた朝ごはんを平らげ、俺たちはいつものように一緒に家を出た。普通なら、昨日の告白を機に互いに意識してしまい、別々で家を出ると俺は思っていたのだが。ちなみに、俺は霞姉のことを意識してしまっている。霞姉はどうなのか知らないが。
いつもと変わらない通学路。なのだが、少し違うところがある。それは、俺と霞姉の距離感だ。昨日までは、拳一つ分ぐらい距離が空いていたのだが、今日は、手と手が触れるくらい、というか、すでに何度も触れている、それぐらい距離が近いのだ。それこそカップルであれば、どちらかが手を繋ぎたいと、アピールしてるぐらい近い。昨日と今日の朝の間に何度もアプローチをかけられている俺は、これもそういうものなんだろうと理解し、特に何も言うことなく隣で歩き続ける。時々、通りすがりの人から、あらまあ、若いっていいわねえ、というような視線を送られたりする。何より多いのは、霞姉に向けられる数多の男性の視線だ。中には立ち止まって霞姉を見る人もいた。しかし、霞姉はそれを全く気にした様子もなかった。まるで、興味がないと言わんばかりに。
「そういえば、もう梅雨の時期だね」
霞姉が、道脇の花壇に咲いていた紫陽花を見ながら言う。
「そうだな」
高校入学して二ヶ月。霞姉と二人で暮らし始めて二ヶ月。あっという間だなぁ……。部活や学級委員をしていないのだが、時間の流れを早く感じる。もちろん、授業中の時間の流れは遅く感じるが。部活をしてたりすると、濃密な時間となり、早く感じると言う人が多くいるが、俺の場合、何もしていなくても早く感じてしまう。
四月アニメも今月いっぱいで終わりだなぁ。今季も素晴らしいアニメが勢揃いしていたし。大満足だ。それに、来月から俺の中で、今年見る予定のアニメの中で大本命のアニメがくるしな。正直、いくら使うか見当がつかない。お金足りるか心配だし、バイトでも始めよっかなぁ……。
「そういや、父さんたちの海外転勤っていつまでなんだろうな?」
「え? 国内にいるよ?」
は…………? どういうこと?
「海外に転勤したんじゃないのか?」
「違うよ? 私がお願いして颯くんと二人で暮らすことになったんだよ? あれ? 昨日、言わなかった?」
頭の中、真っ白。目が点。そう表すしかない。だって、昨日の告白同様、理解ができなかったのだから。
「霞姉がお願いした? なんで?」
「なんでって、颯くんと二人で暮らしたかったから……。それに、お母さんがいると、颯くんの胃袋を掴めないし……。だから……」
赤くなった顔を伏せて、ギリギリ聞こえるぐらいの声量で言う霞姉。
こんな可愛い理由があるのだろうか? フィクションの世界でも、中々ないのではないだろうか? 少なくとも、俺はこんなに可愛い理由を知らない。
「あっ、そう……」
文字だと素っ気なく見えるかもしれないが、断じて違う。単純に目の前にいる霞姉の反応が可愛すぎて、そういう反応しか返せないのだ。
俺と霞姉の間に気恥ずかしい沈黙が流れる。それを壊したのは、
「かすみ〜!」
背後から駆け寄ってくる女子高生、成島瑠美(なるしまるみ)だった。
成島先輩は、中学時代に入っていた部活の先輩で、霞姉の親友だ。成島先輩の夢は、自分のファッションブランドを持つことらしい。ちなみに、俺の中学時代の部活は家庭科部だ。中学校は基本的に部活に入らないといけないため、週に二回しか活動せず、調理実習の日は料理が食べられるという家庭科部に俺は入部したのだ。運動が嫌いで、自分の時間を奪われたくなかった俺には最高の部活だった。それに、家庭科部に入ったおかげで、裁縫も困らない程度にはできるようになったしな。
「おはよう、瑠美ちゃん」
「おはよ、霞。颯も」
「おはようございます」
「ところで」
成島先輩は俺と霞姉を交互に見ると、ニヤニヤした笑みを浮かべながら聞いてきた。
「もしかして、いい雰囲気を壊しちゃった?」
「そ、そんなことありませんよ! そもそも、そんな姉弟でそんな雰囲気になるはずがないじゃないですか!」
成島先輩は俺と霞姉が本当の姉弟じゃないと知らないと思い、俺は誤魔化したのだが、
「あ〜、だいじょぶだいじょぶ! わたし、霞と颯が実の姉弟じゃないって知ってるから! あと、颯が霞に告白されたのも知ってる!」
「えっ⁉︎」
ってことは、霞姉が話したってことか。……ちょっと待てよ? ってことは、昨日、霞姉が普段とは違うモコモコパジャマを着てたのも、内気なはずの霞姉がアプローチしてきたのも成島先輩の助言なんじゃないのか?
「先輩、もしかして、霞姉に何か吹き込みました?」
「なんのこと?」
とぼけた顔でわざとらしく小首を傾げる成島先輩。間違いない。成島先輩が、霞姉に何か吹き込んだんだ。
「あまり、思春期の男子高校生を危うく狼にするアドバイスはしないでください。俺が困りますので」
とは言いつつ、困るどころか、幸せなんだけどな。だが、あまり刺激的な方法で好意を見せられても襲ってしまうかもしれないからやめてほしい。もちろん、自制はしているし、付き合ってもいないのにそんなことはしない。そういう欲求があっても。だって、俺みたいな平凡人間は、生きていて告白されるなんて一回あるかないかに違いない。俺はその一回の告白をしてくれた女性は大事にしたい。それが、今まで実の姉だと思っていた霞姉なら尚更。
なんか、ラノベ主人公みたいな考えになってしまったな。大丈夫です、俺は平凡で、どこにでもいる男子高校生です。
「あっ、そうだ!」
成島先輩は何かを思い出したように突然声を上げる。
「颯。あんた、魅惑的でちょっと色っぽい吸血鬼好きよね?」
なんだ、突然。また、何かを企んでるのか?
「まあ、好きですけど」
「そういう吸血鬼に瞳を濡らして上目遣いで『……血、吸わせて……?』って言われたいんだよね?」
「はい、言われたいです!」
別に隠すことはない。なにせ、中学時代、部室でラノベ仲間とそんな話をしているのを既に成島先輩には聞かれてるのだから。
「その吸血鬼が努力家だったら、さらに好きよね?」
「はい、好きですよ」
俺の好きな女性キャラタイプは基本的に努力家の女の子だ。例えば、優等生が人知れず、努力している場面を読むとグッとくる。だって、その成績だったり、容姿を保てれてるのは、その努力があってこそなのだから。あと、好きな人に振り向いてもらうために努力するシーンとかはもっと好きだ。その点を言えば、霞姉は俺のピンポイントだ。
「それがどうしたんですか?」
「ん? いや、別に。ただ、ちょっとズレた願望を霞に聞かせて幻滅させてやろうかなぁ、って思っただけ。霞にはもっと良い人がいるだろうし」
「酷いですよ、先輩!」
事実だからそれ以上は言えないけど。でも、あんまりじゃないか! これで、俺が霞姉を百パーセント異性として見れた時に告白して振られたら成島先輩のせいだ! いや、普通に質問に答える俺もあれだけど。
「あっ、この間のお兄さんだっ!」
突然、数メートル先にいる小学生一年生ぐらいの少年に声をかけられた。その子が俺に向かって走ってくる。
「おっ、この間の少年じゃん。怪我は大丈夫か?」
「うん! お兄さんが絆創膏をくれたおかげでもう平気! けがもかさぶたになってる!」
そう言って、少年が膝の怪我を見せてくれる。そこにある傷は、少年が言うようにかさぶたになっていた。
「そっか! それは良かったな!」
「うん! ねえ、お兄さん。後ろにいるお姉さん二人はカノジョ?」
少年が、俺の後ろにいる霞姉と成島先輩を見て聞いてくる。
「違うよ。一人はお兄さんのお姉さんで、もう一人は先輩」
「せんぱい?」
やっぱり、この歳で先輩って言葉知らないよなぁ……。
「そう。きみの一つ以上学年の子をそう呼ぶんだ」
「そうなんだ」
「ほら、早くしないと学校に遅れるぞ」
「ホントだ! じゃあね、お兄さん!」
「前向かないとこけるぞ!」
こちらに手を振りながら去っていく少年に、注意をしつつ手を振り返す。少年の背中を見送った俺たちも学校に向けて歩き出す。
「颯、今の子知り合い?」
「いえ、違いますよ」
「じゃあ、なんで親しそうだったの?」
「この間、あの子が公園で怪我して泣いてるのを見て絆創膏を渡したってだけです。それで、僕のこと覚えていてくれたみたいです」
「へぇ、そうなんだ」
そんな話をしているうちに俺たちは学校に到着した。
「じゃあ、颯くん。また昼休みに教室行くね」
「わかった」
俺は霞姉たちと別れ、一人教室へ向かうのだった。
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