第4話 霞(1)

「おやすみ、颯くん」

「霞姉もおやすみ」

 颯くんの部屋を出た私は自室に戻った。時刻は夜の十時過ぎ。颯くんの部屋に居た時間は二時間ぐらいだけど、体感では三十分ぐらいしか経っていない。

 ベッドにうつ伏せで転がり、私は嬉しさを体現するように足をばたつかせた。

「はぁ……、幸せな時間だったなぁ……」

 言葉にならないほどの幸福感が心の奥底から湧いてくる。

「あっ、そうだ! 瑠美ちゃんにお礼言わないと! まだ、この時間は起きているはず!」

 私は机の上に置いてあったスマホに手を伸ばし、親友である瑠美ちゃんに電話をかける。

 瑠美ちゃんとは中学からの友達で、家族を除いて、私が颯くんに恋愛感情を抱いていると知っている唯一の女の子だ。

数回の呼び出し音が鳴ったあと、瑠美ちゃんが電話に出た。

『もしもし?』

「もしもし、瑠美ちゃん」

『どうしたの、霞? ずいぶんご機嫌じゃない?』

「えっ、なんでわかるの⁉︎」

『なんでも何も、声から幸せの雰囲気を感じれるもの』

 えっ⁉︎ 私、そんなに声に出てるかな? 自分では普段通り話しかけてるつもりなんだけど……。

『もしかして、颯と進展したとか?』

「進展はそこまでしてないけど、瑠美ちゃんのおかげでドキドキはさせられたと思う」

 瑠美ちゃんは颯くんのことを颯と呼んでいる。別に二人が付き合っていたわけではない。感覚で言えば、友達の弟や妹を名前で呼ぶ感じ。ちなみに、颯くんと瑠美ちゃんは中学校時代、同じ部活だった。さらに言えば、日向くんも。

『どうだった? わたしの寝間着チョイスは? 当たってた?』

「どうだろう……。この服について何も言ってくれなかったからわかんない……」

 颯くん、ドキドキしてくれたかな……? ドキドキしてくれてると嬉しいなぁ……。

 このモコモコパジャマは、瑠美ちゃんのチョイスだ。颯くんは中学時代、部活中

に日向との会話でこう言ってたらしい。『俺に彼女ができたら、このキャラが着ているモコモコパジャマを着て欲しい』と。それを聞いていた瑠美ちゃんが、この服を選んでくれた。

『颯のやつ……! 奥手の霞が頑張ってアピールしてるというのに……!』

 電話越しでも、瑠美ちゃんの颯くんに対するムカムカが伝わってくる。

「でも、オドオドはしてたよ?」

『それは、告白された相手だからでしょ?』

「うっ……、そうかも……」

 多分、誰だって告白された相手に近づかれたりしたらオドオドすると思う。

『他には何かなかったの?』

「他は……」

 途端に私の脳裏をよぎったのは、時間を忘れるぐらい颯くんと互いの顔を見つめ合ったことだ。まるで、キスしそうな雰囲気の。あのまま時間が流れていたら、キスされていたのかな? なんて考えてしまう。というか実際、あの瞬間、キスしてくれるんじゃないかとめちゃくちゃ期待していた。鼓動も今までにないぐらい早鐘を打っていたし。今でも、キスしてほしかったなって思ってしまう。まあ、あの状況でも颯くんなら、付き合ってもないからキスはできないって、自分に言い聞かせてしなかっただろうけど。うぅ……、でも、キスしてほしかったなぁ……。

 なんて考えてると、瑠美ちゃんがからかってくるように訊いてきた。

『へぇ、なんかあったんだ?』

「な、何もないよ!」

『焦ってるところが怪しいよ〜。もしかして、キスしそうな雰囲気になったとか?』

「なんで、わかったの⁉︎」

 まるで、どこからか見ていたんじゃないかと思ってしまうぐらい、ピンポイントで当てた発言に私は素で反応を返してしまった。

『えっ⁉︎ 本当にそんな雰囲気になったの? もしかして……、した?』

「してないよ! 颯くんが友達から電話がかかってきて我に返ったもん!」

『なんだしてないのかぁ……。そういうときにガバッといかないから無理なんだよ?』

「付き合ってないのにそんなことできないよ!」

 でももし、あの時、私からキスしていたら颯くんはどんな反応を返してたんだろ? やっぱり、付き合ってないのにできないって断ったのかな? それとも、受け入れてくれてたのかな? そこだけ、気になるなぁ……。

『今更だけど、颯のどこがいいの? 中学同じ部活だったけど、あまりいい男ってイメージはないけど……』

「はぁ……、瑠美ちゃんはよくわかってないなぁ……。颯くんには魅力的なところがいっぱいあるよ? 例えば、しれっと買い物袋を持ってくれたり。年配の方が重たそうなゴミを持ってたら代わりに持つし。あとはね、小さい子供を見てる時の優しそうな顔。絶対、自分の子供だったら溺愛すると思う。他の人が嫌な委員会や体育祭の競技に手を上げたりするところも素敵。やる気がないように見えて、密かに頑張ってるところも素敵。瑠美ちゃん知ってる?」

『何が?』

「颯くん、うちの高校創立以来、一年生の時から数学の定期テスト満点なんだよ? 本人は言ってないみたいだけど」

『うそ⁉︎』

 流石の瑠美ちゃんもこれには驚いたみたい。

 今、うちの高校の数学の教師は一、二年生、同じ先生が担当している。その先生が毎回、悔しそうに『また、白神の弟に満点取られた』って教えてくれる。

『でも、数学だけでしょ? 他の教科は全然でしょ?』

「まあ、そうだけど。でも、一つの教科がずば抜けてることもいいこと私は思うけど」

 だって、プロのスポーツ選手って、私の予想だけど、人生で一番時間を費やしてるのって、その競技だと思うから。だから、世界で叩けるほどの技術力を持ってるんだと思う。勉強だって、一つ何か得意な教科があれば、それでいいと私は思ってしまう。

『全教科、平均九十点の霞が言ってもねぇ……。でも颯のやつ、アニメの女の子には一途じゃないでしょ? 部屋とかに色んな女の子キャラのグッズ置いてたんじゃない?』

「うん……、置いてた……」

 さっき入った颯くんの部屋を思い出して、私は少し腹が立ってしまう。アニメの女の子よりも私を見てほしいって思ってしまう。重すぎるかな?

『あっ、そうだ!』

 突然、瑠美ちゃんが何かを思いついたように大声を出した。

「どうしたの?」

『霞! 今度さ、吸血鬼の格好して色っぽく、『颯くん……、血を吸わせて』って言ってみたらどう?』

「なななな、なんでそんなことしないといけないの⁉︎」

 想像するだけでも私の体が熱くなるのを感じる。

「そんな恥ずかしいことできるわけないよ!」

『まあまあ、落ち着いて。これにはちゃんと理由があるから』

「理由?」

『そう。颯はね、こういう願望も持ってるんだよ。可愛くて、色っぽくて、艶っぽい吸血鬼に血を吸われるっていう』

「何その願望? 本当に言ってたの?」

 少し、疑わしくなってしまう。まあ、それが本当に颯くんが言ってたとしても別に引いたりはしないけど。そんなことで引くほど、私の颯くんに対する気持ちは薄っぺらじゃないから。

『本当に言ってたよ。それに、女の子が頑張ってアプローチしてる姿は、男の子にはグッとくると思うよ? あと、颯が好きな女の子キャラに共通してるし』

「颯くんが好きな女の子キャラの共通点?」

『そう。颯は努力家の女の子が好きみたいだよ。だから、やってみたらどう? 衣装は頑張って用意するから。それに、少なくともドキドキはすると思うよ? 下手したら、完全に虜にされるかもよ?』

「う〜ん……」

 颯くんをドキドキさせられるのは嬉しいけど……。でも、想像しただけで恥ずかしいし……。

「もう一回聞くけど、本当に颯くんにそんな願望があるんだね?」

『うん、言ってたから間違いないいと思うよ』

「……、じゃあ、挑戦してみる」

『そうこなくっちゃ!』

 どこか楽しそうにしいているのは気のせいかな? 

『じゃあ、また学校でね』

「うん、また明日」

 そうして、瑠美ちゃんとの電話を切った。

 一人静かな夜に戻った私は時計で時間を確認する。時間は夜の十一時過ぎだった。でも、少し寝れる気がしなかった。それは多分、ついに告白できたことに対しての喜び、一時間前まで、好きな人と一緒の部屋で過ごせた喜びなどが理由だと思う。だから私は少し読書してから寝ることにしたのだった。

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