十一月
第22話 呼ぶ声
千華子さんの住む集落の山々の、大部分を占める杉の木と竹を押しのけて、所々に赤や黄色が混ざっている。道路わきにはコスモスが咲き誇り、花によっては自重で垂れ下がっている。全ての田んぼは稲刈りを終え、山からか、田んぼからか、たまに空気に甘い香りが混ざるようになった。夜になると星が光度を増しているのが分かるし、吹く風は身を切る程にもう冷たい。どこかの家の秋刀魚を焼く匂いが漂う。千華子さんの庭には山からの竹の葉が掃いても履いても降ってくる。朝には庭と山との境目の植物達が霧に包まれ、寒そうに息をしているのがわかる。秋だ。晩秋だ。
そんな時期に、千華子さんの車で集落の丁度入り口辺りを通ると、声が聞こえることがあった。よく晴れて風が涼しい日はとてもよく聞こえる。千華子さんに車を脇に停めて貰って、声を聴いてみた。その時は三人の異なる声が順番に聞こえてきた。誰かを呼ぶ声、自身の名前、誰に聞いてほしいのか、元気にしているか、自分自身の近況、謝罪や感謝の気持ちなどのメッセージが留守番電話の再生機能のように流れてくる。三人目のメッセージが終わったらまた一人目のメッセージに戻って声が再生される。曇りがちの日に通った時は良く聞こえなかった。
「これは何?」
一緒に聞いてくれている千華子さんに話しかける。
「伝言よ。誰かからの。」
千華子さんが言うには、各々の都合で集落に戻れなくなってしまった元住人達の声とのことだった。集落の入り口の手前にある田んぼの一角が耕作放棄地のように背丈の高いアシとススキの葉に年中覆われている。その土地の真ん中に古い木箱があるのだという。その木箱に話をすると、その年のこの季節に風に混ざって聞こえてくるのだそうだ。
声が聞こえ始めると、集落の入り口の近隣の住民達は耳を懸命にすませて伝言の内容を手紙としてしたためる。そして伝言の相手にその手紙を渡すそうだ。足腰が丈夫な人がメッセージの宛先なら、手紙だけでなくその人に直接集落の入り口に来て伝言を聞くように促すそうだ。
毎年メッセージの内容の大多数は、謝罪か感謝の気持ちと、この集落に戻れないことへの寂しさを伝えるものなのだという。
千華子さんの住む集落には、きれいで切ない秋がある。
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