六月

第14話 モノクロームの強風

 千華子さんの家に泊めて貰ったある日、風の音が余りにも強く朝方に目が覚めてしまったことがある(ちなみにその時のお土産は、豆乳が入ったあっさり風味のベイクドチーズケーキ)。ビュオオオオオオオという轟音の中に、ミケスケの鳴き声が聞こえた気がした。そういえばミケスケとイヌスケは大丈夫なのだろかと不安になって外に出ることにした。千華子さん宅は戸を開け閉めする音が響くので、皆を起こさないようにそれだけ気を付けて、後ろ手でお勝手口の木の戸をゆっくり閉めた。

 外に出ると、辺りは暗く、庭の全てがモノクロ写真のように白黒灰色のどれかだった。轟音に相応しい強風が、僕の寝間着と髪をかき回す。眠いのと髪が目に入るのとで、目をしょぼしょぼにさせながらイヌスケの小屋へ向かうと、小屋の中からふひゅーんと間の抜けた鳴き声が聞こえる。声をかけながら手を小屋へ入れると、ペロペロと生暖かい舌の感触があった。頭があるであろう場所をなでて、ミケスケを探そうと犬小屋を離れると、イヌスケが着いてきたような気配がある。

「怖いなら、小屋にいればいいのに。」

 そう言うと、またふひゅーん、という声が轟音の中から返ってきたので、一緒に行くことにした。きっと耳を寝かせて尾を垂らして、目をしょぼしょぼにしながら着いて来ているのだろう。

 いつもミケスケがいる車庫に向かう。ミケスケの定位置である、座布団の上にはミケスケは見つからなかった。なので、車庫に入った時から感じていた違和感に向き合うべく、後ろを、僕たちが入ってきた車庫の入り口へと振り返る。

 車庫の外が妙に明るいのだ。

 車庫に入るまでは間違いなく暗かった。自分の手でさえ灰色に見えた程だった。それなのに、今車庫から外を見るといつも通りの色彩の庭が、そこにはあった。いつも通りの、東北地方特有の柔らかい朝日に照らされた庭が、風に煽られることもなく、ただただ轟音ばかりが場違いに鳴り響いて、そこにあった。

 思わずイヌスケ(がいるであろう場所)と顔を見合わせる。スマートフォンをポケットから出して時間を確認すると、皆が起きだすよりは早いけれど確かに朝日が昇っている時間だった。

 車庫から腕だけ出してみる。暴風の感触があった。寝間着の袖もこれでもかとはためいているのが分かる。でも、視界の先では手のひらも寝間着もピクリとも動いていない。

 今度は顔だけ出してみる。視界が一瞬で灰色になった。風と髪の毛が目に入ってくるので顔を引っ込める。これは一体なんなのだろう。

 もうこれは、千華子さんも巻き込もう。今日は講義は午後からしかないし、いつも起きる時間のもう30分前だ。そう思って千華子さんの部屋にこっそりと入ると、千華子さんのベッドの上にミケスケが丸くなって寝ているのを見つけた。僕が聞いたのは結局ミケスケの声ではなかったんだと理解し、いきなり風も轟音も白黒の風景も馬鹿馬鹿しくなったので、客間に戻って寝ることにした。イヌスケは小屋に戻そうと思ったけれど、ふひゅーんと悲しい声をあげたので、こっそりと足を濡れたキッチンペーパーで拭いて客間に連れていって一緒に寝た。昨日着た僕のシャツをイヌスケの下に敷いてやったら、もうふひゅーんと言わなくなり、代わりに寝息が聞こえるようになった。

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