第11話 こごみ
こごみは、僕の地元では比較的ポピュラーな山菜だが、この辺りや千華子さんの家では食べない。
「昔は食べたんだけどねえ。それよりも沢山採れる筍や、美味しい鱈の目を取っちまうねえ。」
千華子さんのおばあさんに聞いたら、そう返事が来た(この辺りの人は、こういう時の「ねえ」は、「ねや」のような「ねあ」のような「にゃあ」のような不思議な発音をする。)。
「私が嫁さ来たばっかの時、おじいさんのお母さんが言ってたんだけど、こごみのあのクルクルってなってっとこ、たまに虫が寝てるんだって。洗うとき絶対クルクルをよく見ねえといけねえよ。面倒くさいべねえ。」
千華子さんのおばあさんとそんな話をした日(ちなみにその日の千華子さん宅へのお土産は、マスカルポーネチーズと砕いたビスケットを使ったレアチーズケーキ)、ひょんなことから千華子さんの山をイヌスケと散歩する事になった。見たことのない花や草木が見られて楽しい。
そんな未知の植物の中、僕に馴染みのある植物を見つけた。
こごみだ。こごみだと思う。
ゼンマイのような、茎が先端につれて渦を巻いている植物が生えている。そしてゼンマイと違い、茎は絨毛ではなく、茎に沿って小さい葉が貼りついている。先端の開いた物は山菜らしい姿から一変、茎に垂直に明るい緑色の葉が幾つも広がっていた。
本当に虫が寝ているんだろうか。気になって先端の丸まった部分を真っ直ぐにしてみる。ひと様の家の植物なので、折ったりしないようにゆっくりと少しずつ。千華子さん達が見たら「そんなの気にしなくて良いわよ」と言いそうだけど。蔓科の植物と違って茎に柔軟さはない。だからなおさら慎重に慎重に開いていく…よし、もう少し。
「やあ。」
凄く唐突に何か聞こえた。こごみから。やたら良い男性の声が。
「…。」
いやいや、いやでも、と思いながらこごみのクルクルを戻し、もう一つのクルクルを開いてみる。
「ごきげんよう。」
やっぱり何か聞こえた。今度は落ち着いた妙齢の女性の声だった。
もう少しだけ考えて、もう一つこごみを開いて、
「こんにち」
「ごめんなさい。」
謝りながらクルクルを千切った。
「痛い。」
可愛らしい女の子の声が更に聞こえてくる。痛かったらしいが、良い声のトーンは崩さない。
「…。」
もっと文句を言われるかと思ったけれど、黙ってしまった。どうやら一言二言くらいしか話せないようだ。
「…。イヌスケ、帰ろうか。」
僕がそう言うと、了解したのだろう。鼻を鳴らす音と鼻息の中間のようなものが虚空から聞こえた。
地面に積もった竹の枯れ葉をガサガサと踏み分けながら、なるほどなあ、これじゃあこごみは食べないよなあ、とか、あれがどうなって虫が寝ているという表現になるんだろうなあ、と考えていた。
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