第9話 花粉
最近千華子さんの家に来ると、子供の頃戯れに草をむしって遊んだ頃を思い出す。遊び終わった帰り道、自分の手が草で青臭くなっていた頃だ。家に帰って手を洗うまで取れなかったっけ。その匂いをさらに濃く、沢山の種類を混ぜて複雑な匂いにすると、千華子さんの最近の家の匂いになる。
千華子さんの集落の山は、春から初夏に移り変わりつつあり、多様な緑色を見せてくれる。濃い緑に、鮮やかなライトグリーンの新緑、所々にある裸の枯れ木の茶色がが混ざっている山々を見ると、小学校の給食に出てきたワカメと茹でキャベツとツナのサラダのようだ。そう言ったら、千華子さんのお母さんに手を叩いて笑われた。
そんな山の谷間に黄色い塊をひとつ見つけた。千華子さんと集落の道路を散歩していた時だった。遠くの山と山の間に霧のようなものがたゆたっている。濃厚な黄色をしていて、意思を持っているようにくねくねと塊が中空をうごめきながら山から山へと移動していた。
「あれなに?」
「花粉よ。」
「花粉ってあんな動きするんだっけ?」
「ここの集落ではするわ。プランクトンみたいに微小な生き物の集まりみたいになって、杉林から杉林へ移動するの。いわば集団合コンみたいなものね。」
「集団合コン。」
「合コンって言うのも変ね。ごめんごめん。集団押しかけ女房。」
「集団押しかけ女房。」
なかなか秀逸なワードチョイスだ。
この光景を見ながら、僕は同じ研究室の田中君を思い出した。彼はひどい花粉症で、この季節は熱を出して寝込むこともあるらしい。僕から見たら不思議で面白い光景も、田中君のような花粉症の人からしたら地獄のような光景なんだろうなあと思った。
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