四月

第7話 ドジョウ

 最近千華子さんの家にお邪魔する機会が増えた。何も用事がなくても、千華子さんづてによくご飯などにお呼ばれする。ご家族に気に入って貰えたらしい。ありがたい。

 手ぶらで行くのも申し訳ないが、お店の物を買って渡しても気を使わせてしまう。なので手作りのお菓子を持参することにしている。と言ってもそんなにお菓子作りが得意なわけではないので、毎回チーズケーキを作っている。毎回芸がないと思うが、千華子さんのご家族が美味しい美味しいと褒めてくれるので、今のところはこれでいこうと思う。もしも飽きることがあれば言ってほしいと千華子さんにも伝えてある。彼女はそういうことははっきりと言ってくれる。千華子さんのそういうところはとても素敵だと思う。

 今日も千華子さんの家で僕の作ったチーズケーキを食べながら、千華子さんと千華子さんのご両親と談笑していた。そこへ畑で作業していたおばあさんが小走りでやってきた。千華子さんのおじいさんとおばあさんは、朝早くから午後の五時辺りまで一日中農作業をしている。だが今は三時を少し過ぎたくらいだ。

「おばあちゃん、どうしたの?」

 千華子さんのお母さんが声を掛ける。

「いやーいやいやいや。」

 おばあさんが少し息を切らして、何かを探している。そして僕と目が合うと言った。

「ドリュウ、ドリュウ、見らい。」

 千華子さんのおばあさんが急かすので、とりあえず一緒に行くことにする。千華子さんも着いて来てくれるらしく、僕の横でつっかけを履いた。

「あんたそんな土が入りやすいの履いて。」

 千華子さんのお母さんが咎めるのを、「いいの」とあしらい、おばあさんと一緒に僕を家の坂の下へ連れていく。坂を下り、道路と畑と田んぼを越えると、一本大きな川が通っている。千華子さんのおじいさんと、ご近所さんらしき人が数人川を覗き込んでいた。僕たちも彼らにならって川を覗き込む。

 そこには、とんでもなく巨大なドジョウがいた。

 長さは五メートルを越え、太さは川幅のほぼ半分。胸鰭とエラが十対あることを除けば拡大コピーされたドジョウそのままだった。

 そんな巨大ドジョウが体中をゆっくりとくねらせて川を逆流している。

「この大きなドジョウをこの辺りではなぜかドリュウって言うのよ。」

 千華子さんがドリュウを凝視しながら言う。

「モグラって、土に竜って書くじゃない?私、子供の頃それでモグラって読むって知らなくて、ずっと『土竜』って字が本で出てくる度にこのドリュウの事だと思ってたわ。」

 確かにそれは仕方ないかもしれない。

「ドリュウって、単純に大きいドジョウなのかな?」

「どうかしら。見た通りエラとヒレが多いし、動きがすごく遅いわね。普通のドジョウって意外と早いのよ。頭を高速でくねらせながら自分の体の何倍もの距離を一瞬で泳ぐの。」

「そうなんだ、知らなかった。」

 僕、子供の頃から生き物好きで図鑑やドキュメンタリー番組をよく見ていたけれど、やはり実物を見たり触れたりするのにはかなわないなあ。

「あとね、ドリュウはどこから来るのかも良く分からないの。気が付いたら川のど真ん中にいて、流れに逆らって泳いでいるのよね。」

「この川ね、もう少しさかのぼると大きな土管が通してあるの。そしてその土管の先は小川が数本あってね、土管でその小川の水を纏めて流しているのよ。ドリュウは、土管の中まで入っていくんだけれど、どこの小川にも行かないの。そもそも小川の幅じゃあ体が収まらないのよね。」

「じゃあ、土管の中で暮らしているのかな?」

「ところが、土管の長さだと、ドリュウの体長を収めきれないし、土管にドリュウが入った後も土管の中の水の流れがせき止められたりもしないのよね。」

 一体ドリュウはどこにいくのかしらね、と半ば独り言のように千華子さんは呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る