第5話 ミケスケ

 帰って来た千華子さんがイヌスケのごはん皿にドッグフードを満たし、イヌスケが大喜びで朝ご飯にかぶりつくと(姿が見えないのに間違いなく大喜びだった)、千華子さんが僕を車庫へ誘導した。

「この時間帯はいつもここにいるの。」

 そう言いながら、車庫の一角にある荷物置き場の一番上を指差す。そこには古い座布団が重なっており、その上に今朝僕に頭突きをしてきたあの猫の毛皮が鎮座していた。

「ミケスケよ。」

「三毛猫が透けているから?」

「そう。」

「三毛猫はほとんどがメスなんだよ。」

「犬や猫のネーミングセンスに人間の名づけの感覚を持ってきてはいけないわ。」

 そんな得意げに言われても。

 ミケスケは成猫にしては比較的小柄な大きさなのに、なぜか貫禄がある。猫特有の香箱座りをして、昨日来たばかりの僕に警戒もせず(それどころか今朝頭突きまでして)、じっと凝視された。本来目と鼻のある所は透けており、毛皮の裏側が見える。毛皮の裏側は卸したての革製品と同じピンクと薄茶色の中間色をしていた。

「ミケスケは、猫の毛皮なの?」

「ううん、見えてないだけで、目も鼻も肉球もあるわよ。毛がない部分が透けているだけなの。」

「そうなんだ。」

 ミケスケの鼻に指を近づけてみる。ミケスケはふんふんと僕の匂いを数秒だけ嗅いだ。それだけで満足したらしく、顔を僕から背けたので、指を引っ込める。

 ミケスケが立ち上がり、思い切り伸びをする。背筋を弓なりにそらし思いっきり伸ばしながら欠伸をした。それが終わると前足後ろ足を一本ずつゆっくりと伸ばしていく。時折首を動かして、透明な目の部分で僕達を見つつも、丹念に、自分が満足するまでストレッチは行われた。

 右前足を伸ばす。右前足を戻して左前足を伸ばす。左前足を戻して左後足を伸ばす。左後足を戻して右後足を伸ばし、右後足を戻したらもう一度左の後ろ足を伸ばして戻す。この一連の流れを行った後、ミケスケは僕達の横を通って庭の茂みの方に歩いていった。

「この子もイヌスケも放し飼い。普通の犬猫を放し飼いはいけないことだけど、イヌスケとミケスケは、まああんな感じだし、何十年もずっと昔から放し飼いらしいし、うちの土地から出ないし、車も勝手を知った人のしか来ないから。」

 ミケスケを見ると、自分の目線の高さにある葉っぱをふんふんと嗅いでいた。ミケスケも、イヌスケと同じようにただの「透けているだけ」の猫なのだろう。

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