終章
終章 1
とても懐かしくて、心地よい緑の香りがする。
久しぶりに吸い込む青さに、日々の中で荒んでいる心が満たされていく。
夏真っ盛りで、暑さは肌を刺激して、額には汗が浮かび上がる。
木漏れ日に想いを馳せて、そよ風が心を抱きしめていく。
この場所にくるのは……久しぶり。
大きくはないけれど、厳かで美しい神社。
高校を卒業するまで毎日欠かさずに、お参りをしていた。
高校を卒業してから、奨学金やらアルバイトで大学も無事に卒業することができた。
都内の会社に就職して、七年後に愛する人と結婚した。
就職してからも、この場所に相談だったり色々なことを報告に来ている。
最後に来たのは……。
「ママー。ねえ、ママみて、みて。セミさん」
この子が生まれる前……臨月の時に足を運んだ以来で育児と仕事で足が遠のいていた。
逞しい大木に身を寄せた、命を輝かせている蝉を嬉しそうに眺めて、娘が柔らかく微笑んでいる。
まだ……四歳の小さい女の子。
私は、この子のためになら何でもできる。
娘の小さな手を引いて、久しぶりにお社の前に立つ。
姿形が色褪せていても、そこに対する想いは変わっていない。
黒いカバンから、筍を模したチョコレート菓子を取り出して三個ほど供えた。
「ママー。おかし、たべたい」
「うん、後で食べようね。お参りするから、私の真似をしてみてね。まずは、両手を合わせて……」
娘に二拝二拍手一拝を教えてから、私は心の中で言葉を発していく。
『神様……。いえ……天音さん。
私は、あれから色々なことがあったけれど、今を生きています。
久しぶりの報告となってしまったことをお許しください。
娘も大きく健やかに、育ってくれています。
いつも……見守ってくださり、ありがとうございます』
不意にお祖母ちゃんに昔言われていたことを思い出す。
『感謝の気持ちを伝える場所』
そうだったんだ……。
私は目をゆっくりと開く。
隣で私の真似をしてくれた娘は、目を閉じて拝んだままでいる。
その様子が微笑ましくて、娘の気が済むまで見届けることにした。
しばらくすると、娘は目を開けたと同時に小さな顔とツインテールを振り回した。
「ここって、なにがあるの?」
「うん? 神様がいる場所だよ」
「かみさま……?」
「うん、ママにとって……大切で大好きな人がいるところ」
「だいすきな……ひと? わたしよりもー?」
「私にとって、二人とも大切でかけがえのない人。大好きな人だよ」
「――パパは?」
「パパのことも大切で大好きだよ」
「えーじゃあ、いちばんは?」
「一番? うーん……そうだね――」
蝉が一生の輝きを増すために、夏空に声を上げている。
私は目の前のお社を再び見つめていた。
多感な頃に助けてくれた人。
十代であった私には、とても大きくそびえ立つ山の苦悩があった。
大人になって振り返ってみても、一人では乗り越えられなかったことだと思う。
誰かが寄り添ってくれるから、人生を歩んでいける。
苦悩や葛藤というものは、今の私を形成することに必要だった。
私は天音さんに教えてもらった。
『人生で意味のないことはない』
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