第五章 快晴 13

 何で……みんな私のことで……こんなにも懸命に話し合って、動いてくれるの?

おじさんに触られたバス車内での恐怖心、みんながいてくれることの安堵感から、昨日の雨が私の心に舞い戻ってきた。

大粒の涙が止まらない。


「あきちゃん……? 大丈夫だよー、怖かったよね」


「うん、もう大丈夫。安心して」


 ハルさんと愛衣ちゃんが、私を抱きしめてくれる。

通行人が様子を見ているだろうけど、私は少しも恥ずかしくなかった。

人に抱きしめられると心が温かくなる。

今の涙は、温かさの象徴だった。


「みんな……どう……して? どうして……私を助けてくれるの……?」


「友達だから!」


「そう、友達でしょ」


「俺もー!」


 ハルさんと愛衣ちゃんの身体で見えなかったけど、おそらく身を寄せ合った私たちの背後から抱きつこうとして、園山君は愛衣ちゃんに蹴っ飛ばされたんだと思う。

鈍い音とうめき声が聞こえたから。


「でもさ、愛衣ちゃん……やりすぎだったと思うよ? おじさん、鼻血出していたし……取り押さえたまま警察に引き渡せばよかったのに」


「え……そうかな。先に殴りかかってきたのは向こうだし。こんなに、かわいい女子高生に。正当防衛だよ、正当防衛」


「まあ……警察に引き渡したところで、あの人が改心するとも思えないけどね」


卑怯者ひきょうものなんだよ。弱いものだけを標的にするクズ人間。自分の欲望をぶつけて人を哀しませるクズ! そんなやつ、殴ったっていいと思うけどなー」


「やりすぎたら、愛衣ちゃんが不利になるよ? 私は心配しているの」


「ありがとう……ハルさん。でも、大切な人を守るために戦って、私が捕まったとしてもいいんだよ。

私は、自分に恥ずかしいことはしていないから。目の前の問題を見て見ぬ振りする世の中のやつら、なにもしない外野から言われても響かないし。

一方的に相手を傷つけるやつは、傷つけられることも知っておかないとねー」


「愛衣……俺もお前に一方的に傷つけられたけど? それは……?」


「は……? 抱きつこうとした、あんたが悪いでしょ? それに……少し蹴られたくらいで心は傷つかないでしょー?」


 私は嬉しかった。みんなの温かさが……。

仲睦まじい会話の中で、私は優しさに触れていた。

いつまでも……いつまでも感じていたい。


 おじさんが戻ってくる前に、警察に行こうという話になって、私たちは乾いた歩道を歩き出した。

ハルさん、愛衣ちゃん、園山君。

少しだけ後ろを歩いていると、三人の背中がとても格好良く見える。

私も……いつか、みんなを助けられる人になれるかな……。


「あきちゃん、行くよ」


「どうしたのー、置いて行くよー!」


「おおい、早く行こうぜ!」


「――うん!」


 快晴が私の元に届いていた。

梅雨空に溺れていた……私。

燦々とした陽光を浴びている私は……雨女じゃない。

青空に向かって、心の中で呟いた。


『天音さん……私、夢も目標もないって言ったけど、みんなや天音さんのように……人を助けられるようになります。できるか……わからないけど、少しの勇気を出して、やってみたいと思います』


『変わらないことはないよ』


 私は、歩いていける。

きっと、この先……辛いことも苦しいことも……たくさんある。

それでも……私は、生きていく。

大切な人……大切な想いと共に。


 七月の初旬。

蝉の鳴き声が、新たな道の標として響き渡る。

梅雨空は、晴れ渡る空によって……確かに明けた。


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