第五章 快晴 7

 木々のざわめきが私を現実世界へと連れ戻して、目の前の手紙を指先が捕まえている。

再度、目を向けても『明夏ちゃんへ』という文字が、しっかりと書かれている。

……天音さんからの手紙。

蝉が伴奏の任に就いてくれる中で、少し震える手を制御することなく手紙を開封した。

目に入る文字は宛名と同様に、天音さんの清廉さが表れた綺麗な文字で綴られている。


『明夏ちゃん。いつも、ありがとう。

相手への思いやり、かわいいところ、優しいところが私は大好きだよ。少し泣き虫なところもね。一緒に過ごせて、とても楽しかった。

『友達だね』って言ってくれて、嬉しかったよ。

一緒に食べたチョコレートのお菓子おいしかったね。

私を信じてくれる明夏ちゃんがいるから、私は私でいられるんだよ。


この先の人生、楽しいことも苦しいことも……たくさんあると思う。

でもね……ゆっくりでいいんだよ。

ゆっくりでいいから、自身の見つけた道を歩んでいってほしい。

誰かを助けて、助けられながら……支え合って生きてね。

遠回りしたって……立ち止まってもいいんだよ。

また、歩きだせるからね。


人生で意味のないことはないよ。


きっと、この先も大丈夫だから。

いつでも見守っているからね。

また……いつか、会おうね』


 最後の文末が目に入ると、少しだけ微動する手紙に、一雫の玉が広がって滲んでいく。


『あなたのことを大好きな友達より』


 昨日、泣いたのに……。

感情の泉が枯渇することはないようで、風が揺らす木々の中、静かに肩を震わせていた。


『会いたくても、会えなくなる』


 今までの経験で、数少ないながらも理解していたつもりなのに。

頭上に広がる樹葉の隙間から降りそそぐ陽射しが、寂しさを感じる心に温かく突き刺さる。

頬を伝う涙……重ねた想いが溢れ出してくる。

今まで泣いている時というのは、心にいる私が膝を抱えて、声を発することなくうずくまっていた。

今は目の前の照らされた道に、優しく手を引かれていく。

哀しさを上回る温かさを天音さんに貰えた。

それでも、私は……しばらくの間、蝉の鳴き声と私の感情の声を抱き合わせて、静かな波に溺れている。


 鳥居から拝殿を見つめると、私を見ていてくれるようで心が晴れ渡っていく。


 背後から空気の抜ける大きな停車音が響いた。

身体が咄嗟に反応して振り返ると、バス停に停車した運転手さんが私を見ている。

道路の左右を確認してから反対側へと渡って、バス停を一瞥したところで一人の姿も無かったけど、私は心の中で呟いた。


『いってきます』


 車内に乗り込むと、白い手袋をした運転手さんが「お参りしていたのかい?」と、私の動向を見ていたことで問いかけてきた。


「あ……はい」


「そうかい。最近は、ずっと雨だったのに、今日は……すごく晴れているからな。神様のおかげかもね」


「え……?」


「ん……? ここに祀られている神様だよ」


「ここの神様って……?」


「知らないで、お参りしていたのか?」と、顔の皺を深くして、少し嘲笑を含んだ声を私に浴びせてくる。


「――ここに祀られているのは、日本の太陽神だよ」


「太陽神……」


「さあ、発車するから。座って」


 座席の間を歩いていって、木々の間に静かに佇む鳥居を見る。

木々の揺らぎは一定じゃない。

鳥居の周りだけが強く笑っていて、私を送り出すために手を振っているように見えた。


 日本の太陽神って、確か……。

だから……雨の日にしか会えなかったんだ。


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