第五章 快晴 6

 私は……ここで、天音さんに会っている。

あの日……幼い頃に預けられた日。


 私は……庭で遊んでいた。

庭先に茶色い虎柄の猫が現れて、チラチラと私を見てくるから、興味本位で猫を追いかけていった。

追いかけている間も、後方に私が付いてきていることを猫は確認している。

パトロールをする姿が可愛くて仕方がなかった。

どんどん進んでいく猫のお尻が愛らしくて、追いかけることをやめなかった。

突然、ある家の塀を軽やかに飛び越えて私を置いていく。

周囲を見渡すと知らない場所。

それは、馴染みのない土地だから当たり前。

子供の私にとっては、随分と遠い場所に来てしまっていた。

来た道を戻れば家に帰れる可能性があるのに、私は前だけを見据えて進んでいく。


 助けを求めることもわからずに歩いていると、道路脇に広がった林に途絶えている部分があった。

そこには石造りの鳥居が堂々としている。

小さい身体の私は、歩き疲れてしまってことで、鳥居の足元に座り込む。

私が持っていた物といえば、肩にかけた黄色くて小さいカバンだけで、不安を拭い去るために涙を流して助けを求めていた。


『お祖母ちゃん……お父さん……お母さん……』


『どうしたの?』と、優しい綺麗な声がした。


 私は膝に隠していた顔を上げる。

そこには、綺麗な女性が立っていた。

白い肌、長い髪が真ん中で分けられて丸みをもった額、小さい顔に綺麗な鼻筋。

屈んだ後、私の目線に合わせた大きい目。

天音さんだった。

涙と鼻水で汚れてしまっていた私の顔を見て『美人さんが台無しになっちゃうよ』と、ハンカチで綺麗に拭って頭を撫でてくれる。

気が付くと、私の涙は止まっていた。


『迷子になったの?』


『うん……猫ちゃん……追いかけてたら……』


『そう……迎えの人が来てくれるまで、一緒に待っているから……泣かないで。大丈夫だよ』と、私の頭に置かれた手は、とても温かくて、優しさが溢れていた。


『お名前は、なんていうの?』


『……明夏。明るいに夏』


『そう、明夏ちゃん。明るい夏……良い名前だね』


 私は黄色いカバンから、お祖母ちゃんにもらった筍を模したチョコレート菓子を取り出していた。


『お姉ちゃん……手を出してみて』


『え……こうかな?』と、上に向けた天音さんの手のひらに、私は何個かのチョコレート菓子を乗せた。

そして、私は言葉を続けた。


『私たち、友達だね』


『――うん、友達だね』


『友達』私から天音さんに言っていた。


 天音さんは、お祖母ちゃんが探しに来てくれるまで、一緒にお菓子を食べて『おいしいね』と言ったり、色々な話をして待っていてくれた。

遠くの道路を歩く、お祖母ちゃんの姿が目に入る。

お祖母ちゃんが来たことを伝えようと、鳥居の方を振り返ったけど、天音さんの姿はどこにも見当たらなかった。


『お祖母ちゃん、綺麗な女の人が一緒に待っていてくれたんだよ! それでね、友達になったの!』


『そうなの、よかったねえ。お礼を言わないとねえ』


『でもね、急にいなくなっちゃったの! さっきまで隣にいたのにー!』


『――それは、神社の神様が見守ってくださったのかもねえ』


『神社の神様……?』


『そう、神様。明夏ちゃんのことを助けてくれたんだねえ。神様に対しても、人に対しても感謝する気持ちは、忘れてはいけないよ』


『うん! 忘れないよ!』


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