第五章 快晴 5
目覚めは良好だった。
昨晩の雨によって体調が侵されることもなかったし、早めに眠りについたから身体も軽く感じる。
淡い桃色のカーテンに手をかけた。
外の世界を覗くと、眩しい陽射しと青々とした空が見える。
階段を降りていくと、廊下にいる母が怪訝な顔を私に向けている。
降りていく足を止めて、階段の華奢な手摺りを頼りに母を見つめていた。
母は私に何を言うでもなく、玄関へと向かっていく。
パンプスに足を流し込む母の背中に、小さく細い声で「いってらっしゃい」と呟いた。
お弁当と朝食の用意を早々に済まして、私は登校の準備をする。
今日は、五目のおいなりさん、唐揚げ、玉子焼き、カボチャのサラダなどを普段よりも大きめの弁当箱に詰めて中身も多くした。
今日も、みんなに食べてもらいたいから。
喜んでくれたら嬉しいな。
そう思いながら作る料理は楽しかった。
玄関を開けると、蒸し暑さを含んだ青さが私を見下ろしている。
一週間以上、晴れ渡った空を見ていない。
一面の青さをもった空、所々に白い塊が緩徐に泳いでいる。
陽射しは痛いけど、日焼け止めを塗っているから、焦がされた肌にならないことを願っていた。
歩みを進めていくと、鳥が青空と仲良く遊んでいる。
小さい鳥が生み出した旋風が、爽やかな香りと陽気を運んでくれる。
バス停に到着すると、数日の癖で人の有無を確認してしまった。
やっぱり……いない。
やっぱり……寂しい。
もう会えないって言われたから、当然だけど。
でも……一つの希望を持たずにはいられなかった。
神社へ足を向けると、その場所は雨上がりによって神々しさが増している。
露に飾られた樹木の葉が綺麗に輝いて、風に揺れる緑は果てしない声を出していた。
今年初めて蝉の鳴き声が演奏を始める。
梅雨の終焉を告げているように感じた。
本格的な夏が始まることに、少しだけ胸が高鳴るけど、蝉に知られるわけにはいかなかった。
お社の前に立つと、日本酒の小さな瓶、生米、少しの野菜が供えられている。
きっと、近所の人が供えたものだと思う。
雨続きによって参拝に来ていなかっただけで、私以外にも参拝している人はいる。
いつも通りチョコレート菓子を紫や緑の野菜の隣に並べることに違和感があったけど、私は構わずに二拝二拍手一拝をする。
この場所の爽やかで厳かな雰囲気は、私の心を優しく洗い流してくれる。
参拝を終えて、石造りの神明鳥居の端を通過しようとした時だった。
身体が揺れるほどの強い風が吹いて、鳥居に手を付いて前傾姿勢になる。
視線を下に向けると、鳥居の下部に薄く白い物が立て掛けてあった。
恐る恐る手に取ってみると、白い物の正体は手紙のようだ。
濡れていないから、早朝に置かれたものらしい。
手紙のフタ部分を上にして拾い上げたから、反転させて表部分をみる。
そこには『明夏ちゃんへ』と書かれていた。
え……私?という思考が流れると同時に、鳥居の下部に釘付けになった。
私……この場所……。
鳥居の下と蝉の声。
鮮烈な懐かしさが脳内に溢れて、過去の出来事が流星群のように蘇った。
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