第五章 快晴 4
『友達だね』って、言ってくれたのは天音さんだったのに。
間違いを指摘することができないほどに、私の嗚咽は、バス停に鳴る雨の音と一緒に演奏されている。
哀しい涙、温かい涙。
複雑な感情から流れていく涙は、雨脚が強まる中でも際立っているように感じる。
顔を侵略する雫を何度も拭い続けていると、とても温かくて、とても優しい天音さんの体温が私を包み込んでくれた。
抱きしめられたことで、私の決壊しそうだった感情は、抑制することを確かにやめた。
「私……自分……なんかいな……くても……いい……と思って……たから。誰も……私の……こと……いらないんだ……って。あ……天音さんがいてくれ……たから」
「……うん、大丈夫だよ。哀しい時は……いっぱい泣いていいんだよ」
「本当に……もう……あ……会えない……んですか」
「……ごめんね。でも……私は、いつでも明夏ちゃんのことを応援しているからね」
「もっと……いっぱい話……話をしたかった……です」
「――私も同じだよ」
背中をゆっくりと優しくさすってくれる。
細い指先から伝わる想いが、心に降り注ぐ雨に手助けした。
天音さんからは太陽のような明るい香りがする。
それは落ち着きと癒やしを与えてくれるけど、勢いの良い涙が止まることは少しもなかった。
「天音さんに……会えな……く……なるなら……雨の方が……いい」
「雨女……とは、もう決別したんでしょ?」
「……しました」
「ねえ、明夏ちゃん……」と、私の跳ねる毛を宥めて、優しく上方向から下方向へと梳かしてくれる。
その感触はタンパク質の塊を飛び越えて、脳内に天音さんの感情が伝わってくるようだった。
「雨空も青空も必要なものだよ。
心に雨が降るから、心が晴れていく過程で人は成長できる。
人生で意味のないことはないよ」
天音さんの肩口に顔を埋めている私が聞いた最後の言葉だった。
そのまま泣き続けて、泣き続けて、私は泣くことに疲れてしまったのか、天音さんの柔らかな感触の中で眠りについてしまった。
涙の瘡蓋から覚醒すると、痩せたベンチの座面に私は一人で顔を並べていた。
雨の音だけが私を抱いていて、天音さんの姿はどこにも見当たらない。
しばらく待っていたけど、天音さんが姿を現すことはなかった。
水滴が寂しく垂れるバス停の窓には、一人きりの私の顔が映し出されている。
降りしきる雨が一人きりの心に追い打ちをかけた。
ぼんやりと佇むバス停も、私がいなくなれば同じ考えをするかもしれない。
天気予報通りに夕方から夜にかけて、雨は激しさを増している。
雨空は容赦ない攻撃をしてくるけど、傘を脇に携えたまま、私は自宅までの道程を進んでいく。
それは、天音さんに会えなくなることへの一種の弔いだったのかもしれない。
とても哀しいけど……雨が心地良い。
嫌いだった雨……こんなにも私を洗い流してくれるとは思わなかった。
頭部から流れていく雫は、雨空と大地が私と一つになった気にさせる。
私は……夜道で傘にも頼らずに歩き続けている。
それでも……悪い気はしない。
歩いていける。
歩いていけるんだ。
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