第五章 快晴 3
『人を信じろ』と、声高らかに言っていた小学校の担任の先生は、生徒に対する性的悪戯、トイレ内の盗撮、生徒の物を窃盗したことによって警察に逮捕された。
学校から立ち去っていく先生の背中を窓から眺めていると、欺瞞という言葉が似合っている気がした。
実体験に基づく感情を持って、私は天音さんの話をしっかりと耳に入れる。
「『人を信じること』が、すべて正しいわけではないよ。それが綺麗で正しいことって、思い込ませようとしてくるかもしれない。
悪意を持った人間は、この世に溢れているから」
「なんとなく……わかります」
「例えば……政治家、教員、医者、警察官、自衛官。人が困った時に頼りにする職業があるでしょ?
助けを求めることを逆手にとったり、己の立場を利用して、自身の愉悦のために悪意ある行動をする人もいる。
社会的な立ち位置なんて、悪意に関係ないからね。
世の中には、あなたたちに悪意を向ける人がいることを知ってほしい。
――騙されない強さをもって……人に優しくできる強さをもって生きていってね」
「……はい。私は……多分、敏感な方だと思いますけど……悪意ある人……見分け方とかありますか?」
「うーん……例えば、自己中心的な行動、人の善意を利用する、優しい素振りで近付いてくる、初対面で偽りの笑顔を向けてくる人」
「天音さんも最初から……笑顔で話しかけてくれました」
「笑顔とニヤニヤとした偽りの笑顔は違うからね……!」
天音さんに軽く膝を叩かれて、二人の間に笑顔が優しく流れた。
感情の雨が溢れそうでも……笑いというものは、少しの安らぎを与えてくれる。
「――はい、わかっています。天音さんは、悪意なんか一切なくて、私に接してくれました。
最初から……わかっていました」
「ありがとう。難しいかもしれないけど、悪意を見抜ける目を養っていってほしい……かな」
「――はい。でも……もう会えないから……そういうこと……教えてくれるんですか……?」
「そういうわけじゃないけど……私は、明夏ちゃんに幸せになってもらいたい。
――泣かせてしまって……ごめんね」
天音さんに言われて気付いた。
こぼれ落ちる涙が次々と追いかけっこしていることに。
拭っても拭っても、涙は心の内を曝け出していく運命のようだ。
「一つだけ……約束してほしいことがあるの」
涙で霞んだ視界の中で、輪郭が鮮明ではない天音さんの顔が見える。
「私が明夏ちゃんに繋げた想い。それと、明夏ちゃんの想い。想いを次の人に繋げていってほしい」
「想いを繋げる……」
「明夏ちゃんが、生きていく上で得られたものを他の人にも分けて、心に寄り添ってあげてほしい。
それが……想いを繋げていくことだから」
「……わかりました。……約束します」
「ありがとう」
哀しみの中にあっても、私は一つの想いを天音さんに伝えないといけない。
感謝してもしきれない恩を言葉にするのは容易じゃないけど。
目の前を一台の自動車が通過すると水飛沫が宙に舞う。
バス停は密かに私たちの会話を盗み聞きしている。
「私……天音さんのおかけで……変われました。今まで……一人で、ずっと寂しかったけど。
天音さんと出会って……短い間だったけど、すごく楽しかった」
「――ありがとう。私もだよ。私も楽しかった。『友達だね』って、言ってくれて嬉しかったよ」
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