第五章 快晴 2
「これ……天音さんの好きなお菓子」
「いつも……ありがとう。明夏ちゃんの優しさが嬉しくて、涙が出そうになっちゃうよ」
私たちの間に置いたお菓子は、黙々と口に運ばれて軽やかに存在を失っていく。
雨の音がバス停を叩きつけて、どこか切なくて穏やかな香りを届けている。
「明夏ちゃん……」と、雨の音と比べると小さな声で天音さんが口を開いた。
「あのね……会えるのは、今日で最後だと思う」
予期していなかった言葉を唐突に言われて、私の思考は停止した。
瞬時に見た天音さんの横顔は、私には似合っても、彼女には似つかわしくない寂しさを含んでいた。
「え……どうして……ですか?」
私も感じる寂しさと一つの疑問を動揺する中で問いかける。
天音さんの黒い瞳が、真っ直ぐに私に捉えた。
「うん……明日から天気は晴れ。私、やることがあるんだ……」
今日まで雨、明日の月曜日からは快晴であるという知らせが私の元にも届いている。
見慣れた綺麗な気象予報士さんが、画面越しに笑顔で語っていたことを思い出した。
それでも、この先雨が降ることはあるだろうし、天音さんの言葉に納得できない。
今までの私であれば、自己完結の言葉と納得した素振りをみせて、本心と違う言動や動きをしていたと思う。
今までの私とは……違う。
「雨の日は……この先もあります。もう会えないって……会いたく……ないってことですか?」
「ううん、違う。会いたいよ」
「じゃあ……どうして……」
「ごめんね……」と、言ったきり天音さんは黙ってしまった。
それは私も同様で、会えなくなる事実と不安が哀しみの水溜りとなって広がっていく。
膝の上に置いた自身の手を見つめていたけど、いつもより白くなっている気がした。
天音さんのことをもっと知っていきたかったのに、会えなくなる現実が雨粒と一緒になって加速していく。
沈黙を止めたのは、いつも通りの優しい天音さんの声だった。
「――これからも、明夏ちゃんの人生は続いていく。私は……いつでも応援しているから」
「私……一人じゃ無理……です」
「一人じゃないよ……友達ができたでしょ? だから、明夏ちゃんは大丈夫。これからも、歩んでいけるよ」
「天音さんが……いてくれたから」と、目に身体の水分が集まってくること感じる。
熱を帯びた『それ』は、私の感情を導くように思えるけど、黙って堪えることに必死だった。
「この先……色々な人に出会って、辛いことも……たくさんあると思う。悪意を向けてくる人も多い」
「……悪意?」
「うん。残酷だけど……世の中には、悪意を持った人がたくさんいるから……相手を信じることだけが、素晴らしいわけじゃないよ。疑う気持ちを持つことは、とても大事だよ」
「疑う気持ち……」
相手を信じることが大事で正しいことであると今まで言われてきた。
小学校の頃、担任の先生が『人を信じない人間なんかより、人を信じて裏切られた方がいいからな』『人を信じない人間にはなるな』と言っていた。
それが、詭弁で安易な思考であることを現在の私は知っている。
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