第五章 快晴
第五章 快晴 1
約束の日曜日。
天気予報通りに、強めの雨が休日を満たしている。
私は昼過ぎから出かける準備をしていた。
天音さんの好きなお菓子を用意して、二人分の飲み物を保冷剤とタオルで巻き込んでから、小さくて頼りないライトブラウンのカバンへ入れる。
夕方って言っていたけど……何時くらいに向かえばいいんだろう。
十六時くらいでいいのかな。
わからないけど、早めに行って待っていよう。
玄関の扉を開けると、雨粒が繰り返し地面を叩いて、盛大なパレードが開催されている。
流れていく雨、それを追いかける新しい雨。
眼前の様子に、今までの憂鬱な気持ちがない。
雨が嫌いだったのに、数日の様々な出来事によって、私の心持ちは変わっていた。
傘を雨空に向けると、心地良い音が胸を高鳴らせる。
降りしきる雨の中を一歩一歩と歩いていく。
歩道には草が飛び出して、雨の恵みによって大きく成長している。
雨の中、出かける前にリビングにいた母との会話を思い出していた。
「あの……出かけてくるね」
「そう」
「夜に……なる前に帰ると思う」
「――そう」
「――いってきます」
母の口から送り出す言葉はなかったし、目を合わせてくれることもなかった。
リビングの扉を一昨日と同様に、少しだけの隙間を残して暗がりの廊下を歩いた。
すべてがうまくいくわけじゃない。
流れていく雨とは違って、円滑に進まないこともある。
そう自身に言い聞かせてみても、背中は少し丸まっていて、唇を口腔内に隠して進んでいく。
早く来たつもりだったけど、バス停には天音さんの姿があった。
いつも通りの優しくて温かい笑顔で迎えてくれる。
私には無い温かさを持ち合わせている天音さん。
初めて会った時から、私にくれる笑顔が好きだった。
その笑顔を見ると、心が安らぐことを常に感じていたから。
「ごめんね、雨の日に。と言っても、私たちが会うのは、いつも雨の日だもんね」と、変わらない笑顔だ。
「いえ……雨の日が気にならなくなりました。楽になったというか……」
「それは、よかった。雨も必要だから……ね」
色鮮やかな包装材が巻かれて、果実が主成分の飲み物を私はカバンから取り出した。
「これ……よかったら」
温度差で一気に白色したペットボトルを差し出す。
「え、ありがとう。いつもごめんね、気を遣わせちゃって。普段、日本酒とかばっかりだから嬉しい」と、お酒をいっぱい飲んでいることに私は驚いた。
綺麗な薄い桃色の唇が飲料水の口を捕らえている。
その横顔は、飲料水の広告を画面越しに見ている感覚になった。
私もペットボトルを取り出して一口流し込むと、熱くなっていた身体に、ありがたい冷たさと果実の甘味がゆっくりと染み渡っていく。
しばらくの間、二人で飲料水の冷たさを味わっていて、特に会話はなかった。
それでも、居たくない気持ちや気まずい雰囲気は一つもない。
ゆっくりと流れていく時間を愛おしく私は感じている。
心地よさによって忘れかけていた、口に含む飲料との相性は良くない物をカバンから取り出した。
天音さんの好きなお菓子。
筍を模したチョコレート菓子。
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