第四章 香雨 6

「――友達だから」


 単純で明快な言葉だった。

そして……私が求めていた言葉。

ありふれた言葉で、世の中の人は簡単に使っているけど、言葉のじつを伴っていることが多くないと知っている。

『友達』という言葉に欺瞞、嫌悪、嫉妬、背信、嘲笑などを含んでいても、人は恥ずかしげもなく『友達』という言葉を使う。

ハルさんの『友達』からは、そういった類の感情が一切無いと直感的に判断できた。

私も……そうありたいと思う。

麦茶で喉を潤したハルさんは、照れている私に話を続けた。


「実はさ……私、あきちゃんが人と関わりたくない子なのかなって思っていたんだ」


「……うん、そう思われても……仕方ないと思う」


「そういう人もいるし。だから……無理に話しかけても、迷惑かなと思っていたら……先週から学校に来なくなったからさ。なにかあるのかな?って、二人に話したんだ」


「うん……」


「愛衣ちゃんは『人と関わりたくない? そうかなー、緊張しているだけだよ』って。園山君は『一人は、つまんないでしょ。学校来たら話してみるわ』って言ってた」


 私の存在なんてあっても、なくても同じだと思っていた。

私が学校に行かなくても、誰も気にしていない。

そう思っていたけど、違っていた。

気にかけてくれる人たちがいる。


「だから……昨日、あきちゃんが登校してきて、園山君が変なことを言ったのは、接し方がわからなかったんだと思う」


「うん……そんなに、気にしてないよ。恥ずかしかったけど……」


「――ごめんね。園山君、あきちゃんが髪型を変えてきたことに動揺したみたいで」


「え……変かな……?」


「ううん、かわいいよ。園山君もそう思ったんじゃないかな」


 髪型を褒められたことが嬉しくて、私は子猫を愛でるように手のひらで黒髪を撫でた。

今日も雨で、少しの跳ねた髪が手のひらに悪戯をしたけど、気にならないくらいの嬉しさが、それを優しく押さえつけた。


「私……あきちゃんが話しかけてくれたら、いっぱい話そうって思ってたの。人と話したくない可能性もあって……無理強いは嫌だから。今さらだけど、違うよね? もしかして、嫌だった?」


「……ううん、嬉しかった。人と話すことは好きだから……お弁当も一緒に食べれて嬉しかった……今まで一人だったから……」


「……そうだよね。一人は、寂しいよね。私も去年、一人だったから……わかるよ」


「うん……」


『勇気を持って行動したら、応えてくれる人はいるからね』


 天音さんの声が脳内で再生される。

よかった。

怖かったけど、とても怖かったけど、一歩踏み出してみれば、温かく迎え入れてくれる友達がいる。

麦茶の氷がゆっくりと溶けていく。

それは、私の心に通じている気がした。


 私たちは、バスの時間まで楽しく会話していた。

心に留まっていた不安が崩れていって、変わりに人の気持ちが心に一つずつ置かれていく。

一つの希望は、一つの不安を抱きしめた。

今日、私は変われたんだと実感する。


『変わらないことはないよ』


 帰りのバスで、天音さんの言葉と水滴が付着した窓で交互に打ち合いをした。

雨が静かに降り注いでいる。

安全運転のバスは、緩やかな速度で路面に反発していって、目的地のバス停が静かに待ちわびていた。


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