第四章 香雨 5
一瞬心の揺らぎによって間が空いたみたいだけど、ハルさんは再び考えるような仕草をしてから話し始めた。
「あきちゃんに……愛衣ちゃんは、どう見えてる?」
「え……いつも元気がよくて……明るい人」
「……そうだよね。でも……無理に、そうしている時もあると思うんだ。根っこは、間違いなく明るい子だけどね」
「なにがある……の?」
「うん……愛衣ちゃん……お兄さんと妹さんがいてね。妹の
「入院……」
「うん……病院生活が長くて、花菜ちゃんは七歳。病室で、いつも愛衣ちゃんの試合映像を見ているんだって。
『殴り合っていることは怖いけど、応援しているから、お姉ちゃんが優勝するところを見たい』って。
だから、愛衣ちゃんは全国大会で優勝できるように、必死で練習しているの」
「……そうなんだ。愛衣ちゃんなら……できると思う」
「うん、私もそう思う。痣だらけになって、痛々しい姿も見ているから。花菜ちゃん……病状が悪化して、厳しい状態になることもあるみたい。だから、無理に明るくしてる時もあるんだと思う」
私の目に映る愛衣ちゃんは、生粋の明るい人だった。
園山君と冗談を言い合ったり、男子の行動を咎めて喧嘩になったり、女子が男子に変なことを言われたりすると真っ先に立ち向かっていく強い人。
斜め前の席で行われる一種の活劇を私は目の当たりにしていて、楽しそうだなと思っていた。
彼女も気の休まらない事柄が存在している。
それでも、笑いを絶やさない彼女を羨ましく思う。
羨ましいというより、今は尊敬しているといったほうが正しい。
「――愛衣ちゃんは……大丈夫なの?」
「うーん……どうだろう。ただ……私だったら、そういう時こそ……いつも通りに接してほしいと思うから、変に気を遣ったりはしていないかな」
「……うん」
「人のことを勝手に喋って、嫌なやつだな……って思った?」
ハルさんが長い髪を耳にかけ直して微笑んだ。
「……ううん……思ってないよ」
私は視線を外して、麦茶の水面に助けを求めることしかできない。
返答は何が正解なんだろう。
ハルさんがしてくれた話は、確かに個人の領域なんだろうけど、話している間に嫌な感じは一つもなかった。
嫌悪する感情の蕾も生まれない。
ハルさんの表情から、相手を想っていることが容易に想像できたから。
「下を向いて言うと、そう思っているみたいに聞こえるから」と、ハルさんが私のわき腹を指でくすぐってきて、何だか楽しかったけど、恥ずかしくもあった。
「あきちゃんだから話したんだよ。私、人に言っていい話と言ってはいけない話の線引はできているつもりだから。二人とも……あきちゃんになら話してもいいって言うと思うし」
「まあ、勝手な想像だけどね」と、新たな果実を口に含んだハルさんは笑っている。
きっと二人と信頼関係があるから、そういう風に言えるんだと思う。
私は一つ疑問に思ったことを麦茶の水面に反射させて、隣で笑顔を見せているハルさんに聞いてみた。
「なんで……私に、話してみようと思ったの?」
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