第三章 勇気 10

 愛衣ちゃんの静かな声が聞こえた後で、物凄い衝撃音が教室内に響き渡る。

私の身体が大きく動いた後、顔を上げた目の前の景色に驚いた。

園山君の机が、彼の前から消えている。

ベランダへ続く扉が、お腹をへこませていて、その隣に机が寂しく横たわっていた。

悲しそうな引き出しの口と私の目が合う。

机は助けを求めることなく、いつものように無言だ。


「なんで、俺の机を蹴っ飛ば……」と、園山君が言いかけた。


 愛衣ちゃんは彼の言葉を遮断して、私の隣まで来ると女子生徒二人に微笑んでいる。


「あのさー。この子……かわいい妹みたいに思っているの。その子に対してさ、ただの悪口だけを言うなら私がボコボコにするけど……?」


 笑っているけど笑えていない表情で、握りしめた拳を腰の辺りに置いている。


「はあ……? な、なんなの? 大体、殴ったら停学。や……やりすぎたら退学だからね!」 


「え……? だからなに? 別に他の学校だってあるし。私は見て見ぬ振りをして、後悔するくらいなら、あんたたちを殴り飛ばす。

自分に背を向けることの方が絶対に苦しいし、恥ずかしいから」


「そのとおーり!」と、声を上げて拍手する園山君の脛を軽く蹴る愛衣ちゃん。


 稲田さんは声を震わせた。


「な……なんなの? 少し……ちょっと、からかいにきただけじゃん」


 冷静だけど、朝の担任教師との討論に似たハルさんの声がした。


「わざわざ、放課後に他の教室に来て言うことかな? 相手に対して、不満や文句があるなら言ってもいいと思うし、言い争いや喧嘩になってもいい。

でも……言い返せない、言い返さない相手に対して、一方的に傷つけることを言うのは格好悪いよ」


「は……なんなの? こ……こいつ、中学校の頃から、嫌われてたんだから!」


 天音さん、みんなが抜いてくれた矢が少し残っていたようで、簡単に膨れ上がった鋭利な鉄が回転を始めて心の中を荒らし回る。

私は行動したから、変われた。

そう思っている。

それでも……過去の記憶が邪魔をしてくる。

悔しくてたまらないけど、俯いているのは私だけ……。

再び愛衣ちゃんの声が耳に入る。


「嫌われてたから、なに? 嫌われてたから、私たちも嫌うと思ってんの? 人の噂なんて、一人によって、いくらでも変えられるじゃん。

――私は、噂なんて信じない。自分で接して判断するから!」


「そうだね……私も愛衣ちゃんと同じ意見。あなたは、なにか理由をつけていたみたいだけど、あきちゃんを孤立させたいだけでしょ?」


「は……? 別に、こんなやつ興味ないから。ただ、鬱陶しいから言っているだけ」


「興味ないのに、わざわざ会いにきているんだから、矛盾しているよ」


 淡々とした声でハルさんは言った。


「なんなの? もう……めんどくさい。行こ」と、稲田さんは、もう一人の女子生徒に声をかけて、立ち去っていく足音だけが聞こえる。


 私は……言わないといけない。

前までは……このまま俯いて時が過ぎることを待っていた。

みんなが私を守ってくれた。

私のために戦ってくれた。

それなのに……私は黙って下を向いているだけでいいの?

怖くない。みんながいてくれるから。

もう……怖くない。

少しだけ……怖い。


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