第三章 勇気 9

 みんなと流れていく時間が楽しい。

一人で過ごしていた時は、白黒の世界が溢れていたのだと思う。

怖くて、怖くて、歩みを止めていることは、自身の時間を止めていることに気付いた。

みんなと触れ合う中で生まれる私を包む温かさは、天音さんと一緒にいる時に似ている。

楽しい時間が過ぎていく。


 担任教師が担当している六限目の授業が終わって、引き続き帰りのホームルームが始まった。

ハルさんの鋭い視線は、静かに担任教師を捉えている。

不安な表情で横顔を見ていると、ハルさんは私の意思を汲み取ってくれたようで「大丈夫、今日は相手にしないから。今日は……ね」と微笑んでいる。


 放課後。いつも一目散に教室を出ていくけど、今日は違った。

学生カバンに教科書やノートを入れていると、園山君と愛衣ちゃんが言い争いをしている。

耳に入ってくる言葉は、相手を罵りながらも楽しさを含んでいる。

わかり合っていることが少し羨ましい。

そのやりとりに見ていると、教室前の開け放たれた扉から、どこかのクラスの女子生徒ニ人が入ってきた。

こちらに向かってくる。

一人は……知っている顔だった。

私の後ろの席は、生徒が教室から出ていったみたいで、その背後の机間に立つ二人。


「――この子、この子だよ」と、中学生の頃に三年間同じクラスで友達だった稲田さんが隣にいる女子生徒に言った。


「へー、そうなんだ。ねえ、ねえ『雨女』なの?」


 体格の良い女の子に問いかけられた私は、ひどく動揺した。


 ハルさん、愛衣ちゃん、園山君。

みんなに知られたくなかった。

知られたくなかったのに。

同じ中学校から、ここの高校に進学している生徒は、数えるほどしかいない。

それでも、私の『雨女』を知っている人がいる。

天音さんが否定してくれたのに、私の胸に『雨女』という恐怖が刻まれているのかもしれない。

窓際から見える雨空が二人の女子生徒を応援しているように感じる。


「あめ……おんなって……なに? レ、レインマン?」


「レインウーマンな。猿、バカすぎ」と、愛衣ちゃんと園山君の声だけが聞こえる。


「ねえ、雨女。いつも雨で、室内練習になっちゃうから、雨降らすのやめてくれる?」と、稲田さんが下を向いている私に言った。


 さらに続けて「学校に来ないでよー」と、隣の女子生徒と嬉々とした声を上げている。


 隣席のハルさんが机に手を軽く叩きつけて、立ち上がったことが視界と耳に入った。


「なんなの? いきなり現れて迷信じみたことを言って。雨女? オカルト研究会なら室内で活動できるじゃない」

 

「はあ? うちら、テニス部だけど? こいつ……雨女に雨女って言って、なにが悪いの?」


「――それを証明できるの? 私に証明できるなら認めるし、好きなだけ言ってもいいよ」


「それは……雨女がくると……いつも雨だったから」


 萎縮した声で、稲田さんはボソボソと返している。


「それが根拠? 根拠になっていないから。論理的に、お願い」


 語気が強いハルさんの真っ直ぐな声がした。


「まあ、まあ。晴香も熱くならないで。雨宮がレインウーマンなら、俺が雨男! レインマンだ!」


「――茶化すなよ……。バカ猿……」と、普段は明るい声の愛衣ちゃんが静かに言った。


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