第三章 勇気 8

 ハルさんの思いやりが嬉しいけど、相反する感情が私の胸にあるから、お弁当を引っ込めることはしなかった。


「あの……いいよ、食べて」


 二人の萎んでいた向日葵は太陽を見つけたように嬉々としたものに変わる。

各々が肉詰めピーマンと玉子焼きを箸と指で掴んでいく。

愛衣ちゃんと園山君が口内に運んでいく姿を見た後で、ハルさんにお弁当を向ける。


「嫌じゃなかったら……食べてみて」


「え? 嫌じゃないけど……あきちゃんの食べる分がなくなっちゃうよ?」


「……うん。大丈夫。お祖母ちゃんに……教えてもらった玉子焼きだから……ハルさんにも食べてもらえたら……」


「うん……じゃあ、頂くね。ありがとう」

 

 玉子焼きを口に運んだハルさんは「本当だ……おいしい。あきちゃん、すごいね」と、笑顔を向けてくれた。


 お米は陣形を崩していないけど、おかずの戦力は半分以下になっている。

でも……そんなことは、少しも問題じゃなかった。

お腹よりも心が満たされているから。

空腹感に勝る気持ち……みんなが喜んでくれてよかった。


「ねえ、あきちゃん。これ、あげる」


 高校球児が食べるような大きい弁当箱から、愛衣ちゃんが箸で引っ張り上げた揚げ物を私の弁当箱の蓋に置いてくれた。

揚げ物は、私の手ぐらい大きい。


「メンチカツ……?だと思うよー」


「あ……ありがとう」


「愛衣の家は、惣菜屋をやっているから、うまいよ。俺も……これ、やるよ」と言って、恋人同士の仲を引き裂かれたチョコレートパンが斑模様の顔を向けている。


「はい。コンビニのおにぎりで、ごめんね」


 半分に割られた、おにぎりをハルさんから貰う。


 私の弁当箱の蓋は、みんなから貰った食品で埋まった。

私のお弁当と合わせると、炭水化物が多いことが少し気になったけど。

それでも……嬉しい。

一人じゃない、ご飯の時間。

みんなで食べ進めていく、ご飯の時間。

みんなで食べる、ご飯って……やっぱりいいな。


「園山……パン大量だね。そのメロンパン……私に献上しろ」


「嫌だよ、これは俺が帰りに食べる用だ。大体、お前どんだけ食べるんだよ! 米だけで、五合以上あるじゃん! 力士でも目指しているのか?」


「私は食事トレーニングしているの! 無理して食べてるの! やめてくれる!? 大食漢みたいに人のこと言うの!」


「いや、野球部の連中も真っ青だよ! 余力を残しての食トレ! 雨宮もビビるだろ? こいつの食いっぷり」


「あ……うん……すごいけど……でも、身体が細いから羨ましい。空手の練習、頑張って……いるんだよね」


「あきちゃん! わかってくれて、ありがとう! 大変なんだよ? 食事トレーニング!」 


「いや、いや! そうは見えないんだよ。野球部とかは無理して食べているけど、愛衣は余裕すら感じる!」


「強がっているだけだから! 強がる女子なの! 本当は、か弱い女子!」


「か弱い……? 男子と組手しても、ボコボコにする……お前が?」


「それは、空手の話! 普段の私は、心が打たれ弱い女の子なんだから!」


「弱い女の子……? 愛衣……君は、どうやら思い違いをしている。世の中の人間は、君が思っているほど強くないんだ。脆い生物なんだ!」


「はい、はい。二人とも喧嘩しない。あきちゃんが怖がるから」


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