第三章 勇気 11
天音さんは言っていた。
『勇気を持って行動したら、応えてくれる人がいる』
私は、それを望んでいた。
望んでいたけど……望んでいて、応えてもらうだけでは駄目な気がする。
みんなが私のために行動してくれたから、私も応えたい。
「あの……!」
勢いよく椅子を後席にぶつけて、立ち上がった私は、稲田さんと女子生徒に顔を向けた。
二人は怪訝な顔をした後で、私を少し睨んでいる。
瞬きする回数と呼吸する回数が多くなっているけど、言わないといけない。
「あの……『雨女』って、言わないで……。嫌だから……私、嫌だから。もう言わないで……」
稲田さんからの返答はない。
無言のままで、踵を返して二人は教室から出ていった。
「あきちゃん……今まで、悩んでいたんだね」
「そっかー。もし、また言われたら私が殴ってやるから……いつでも言って」
「――愛衣ちゃん、殴るのは基本的に良くないからね」
「え……? 時と場合による。私は暴力が全面的に悪いとは思わないし。必要な時もあるからさー。さっき、ハルさんも一方的に傷つけることは……って」
「愛衣ちゃんと殴り合いが始まったら、最終的に一方的になるじゃん。虐殺に近いかもね」
「まあ……そうだねー。じゃあ、ある程度まで殴ったらやめる。お嫁さんにいけない程度に顎を変形させて、肋骨を数本ぐらい折ろうかな」
「それ、完全に傷害罪だからね」
二人は笑い合いながら、冗談を言い合っていて、安堵した私の心に大海の波が押し寄せてくる。
心に住んでいた黒い塊と刺さっていた矢を白波が持ち去っていくと、私の目から涙が溢れてきた。
言えた……。
ずっと言えなかったことが言えた。
「え……あきちゃん? なんで泣くのー?」
「今まで……『嫌だ』って、言えなかったからだよね? 言えたんだから、すごいよ。あきちゃんは」
「えー泣かないでよー、私も泣けてきちゃう!」
ハルさんと愛衣ちゃんが私を優しく抱きしめてくれた。
二人の優しさに触れる度に涙が止まらない。
愛衣ちゃんも私と一緒になって涙を流していた。
二人に囲まれて見えなかったけど、どうやら園山君も混ざろうとしたみたいで、愛衣ちゃんの怒号が飛んだ。
「バカ猿! 抱きつくな! この変態!」
「いや、俺も同じ戦いに参加していた立場として……!」
「お前は、参加していないでしょ!」
「いや、いや! してたから! なんとか場を収めようと合いの手とかいれてたじゃん!」
「合いの手……? ふざけていただけじゃん、猿」
「違うんだなー。わからないかな……他にもレインマンとかあったろ? あれも笑いで争いを無くすための技術だから」
「いや、おもしろくないから。猿は本当に、女の子の気持ちがわからないんだねー」
「あの……愛衣さん。自分を女の子代表みたいに言うのやめてくれますか?
――デラウェアのくせに」
「は……? デラ? デラウェア?ってなに? あきちゃん、わかる?」
「……うん。……果物。スーパーにも置いてある……小さい……ぶどう」
「バカ猿が……!」
私は涙を流しながら……笑っていた。
天音さん、ハルさん、愛衣ちゃん、園山君。
そして、自分自身。
みんなのおかげで、私は笑えている。
今日という日を私は探していたんだ。
「みんな……ありがとう」
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