第三章 勇気 6

 英語の授業が終わると、園山君は勢いよく教室を飛び出していく。

早々に教室を後にする私よりも、早くに出ていく姿をいつも目撃していた。

普段であれば、私も後を追って出ていくけど今日は違う。

変えたいんだ。

今までの私は予想する結果だけを求めて、行動に見合わない結末を迎えてしまうことに怯えていた。

傷つきたくないから。

哀しい思いをしたくないから。

それでも……自分から動かないと何も変わらない。


 天音さんは言っていた。


『変わらないことはない』


 行動した時点で、自分自身が変わる。

その尺度は、人それぞれだと思うけど。

私の『友達と話したい』ことが上手くいかなかったとしても、一歩踏み出すことに少しの意味がある。

無駄にはならないと思う。

天音さんに言葉と勇気を貰ったから『私は大丈夫』と、唇に力を込めて何度も鼓舞する。

怖くて……不安だけど。

手も足も震えるけど、私は自分自身に……もう負けたくない。


「ねえ、ハルさん。お腹空いたね」


「うん、そうだね」


「園山が戻ってくる前に、食べ始めちゃおうよ」


「園山君、意外に繊細なところがあるから、ふざけまわった後で傷つくと思うよ」


「猿なのに? そんなやつかなー?」


「そうだと思うよ。まあ、人の心なんて……わからないけどね」


 言おう。言わないと。笑われたっていい。馬鹿にされたっていい。自分から話しかけるって決めたんだから。


 私は……私は、変わりたい。


「あの……お昼……一緒に食べてもいいかな……?」


 下を向かないで、宮本さんと佐々木さんの顔を見て私は言えた。


「――うん。一緒に食べよう」


「いいよー! 園山も……いるけどねー」


 私の何通りにも用意されていた返答の中で、一番嬉しい反応だった。


 私の机を宮本さんの机に寄せて、一つ長机ができる。

宮本さんの対面に佐々木さんが座っているから、必然的に私の対面には園山君が座るのかな。

ちゃんと受け答えできるか、不安になっていると、佐々木さんが明るい声で私に提案した。


「ねえ、なんかさー『さん』付けで名前呼ぶの他人行儀だから、呼び方決めていい?」


「え……うん」


「雨宮明夏だから……そう……『アッキー』とか?」


「……うん」


「じゃあ、アッキーで!」


「――私は『あきちゃん』て呼ぼうかな」


「いやいや、ハルさん。なんで別なの? 担任みたいに『宮本、なんか不満か?』と言いたい」


「いいじゃん。可愛らしくて。それと……あいつの真似はやめて」


「そしたら、私も『あきちゃん』って呼ぶよ。別々に呼ぶって、少し変じゃん」


「そう? 雨宮さんは、どうかな?」


「……うん。大丈夫」と言ったところで、私からも話しかけようと思った。

二人は私のことを邪険にしないで、快く迎えてくれているから、自分からも会話に参加しないと。


「私は……二人を……なんて呼んだらいいかな……」


「なんて呼ばれてもいいけどー、ハルさんは『愛衣ちゃん』園山は『愛衣』って呼んでいるよ」


「私は、聞いての通り、愛衣ちゃんからは『ハルさん』園山君からは『晴夏』って」


「そう……なんだ」


 先程の佐々木さんの発言にもあったけど、別々に呼ぶことに私も違和感があるから、女の子に合わせようと思う。


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