第三章 勇気 5
授業間の休み時間。
同級生たちが宮本さんの周りを埋めていて、朝の担任教師との戦いに賛辞を送っている人がほとんどだった。
群衆に入り込む余地も勇気もなくて、私は頭に入らない文字の羅列を眺めていることしかできない。
三限目が終わった休み時間は、人だかりも緩やかになって、宮本さんと佐々木さんはトイレに行ったようだ。
英文から余白部分を見て放心していると、前席で短髪の頭を抱えている園山君が急に振り返ってきた。
「なあ。今なら……愛衣がいないから課題見してくんないかな? 頼む、このとおり」
朝のように合掌して頭を下げている。
「……うん。いいよ」
「マジで? ありがとう!」
四限目の英語に向けて、机に準備していたノートを渡すと、園山君が勢いよくペンを走らせている様子が肘の動きから伝わってくる。
模写が終わる、休み時間が終わる、二人が帰ってくる、三つ巴の戦いが始まった。
一心不乱に書き続ける彼の背中を眺めていると、昨日雨の中でサッカーをしていたことを思い出す。
『園山君は、なんで雨の中、サッカーをしていたの?』と、心の中で問いかけるだけで、疑問が声に変換されることはなかった。
「あれ? 園山が……勉強!? 嘘でしょ!?」
トイレから戻った佐々木さんの驚嘆に園山君からの反応は一切無い。
園山君の隣に立った彼女の手足は長く引き締まっていて、身長も高いからモデルさんのように見える。
すっきりとした横顔も美人で、空手で全国の猛者と渡り合っているとは、見た目からは誰も想像できない。
「おい、無視? ん……? お前、書き写しているじゃん!」
私がノートを貸したと気付くのに、数秒とかからなくて、佐々木さんと目が合った。
「……ごめん」
「え? 違う、違う。悪いのは全部、園山だから」
私に笑いかけた後で、ノートを交互に見る園山君の頭に佐々木さんは右手の手刀を振り下ろした。
振り下ろしたけど……彼の動作が止まることはなくて、集中力は何かの学者になっている。
宮本さんも立って二人を眺めていたけど、手刀を見た後、喜んだ表情で着席した。
「貸してあげたんだね」
「……うん」
「園山君、間に合うかな。愛衣ちゃんに殴られたのに全然、反応しなかったよ?」
「うん……」
四限目のチャイムが響き渡る途中で、英語の先生が入ってきた。
四十代に見えない容姿と快活な性格の女性。
「はい、授業始めるよ! 昨日出した課題やってきた?」
先生の声と同時に、園山君が振り返ってノートを返してきた。
「ありがとう、雨宮」と、私の視線と合ってから、今度は、みんなの視線を集める発言をした園山君。
「先生! 勉強をやるのは、学生の本分です!」
「園山……やってきたの? ちゃんと? それなら……和訳を読み上げてもらおうか」
「了解です!」と、先生に敬礼をしたところで、隣席の佐々木さんの白い足で蹴られていた。
彼は堂々とした雰囲気で和訳を読み上げていく。
『地方公務員を正す』と言っていた、朝の彼の顔が遠い昔のように思えて、私は少しだけ顔をほころばせる。
英文は読めていなかったけど、和訳をする彼の声が教室を和ませているようで羨ましかった。
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