第三章 勇気 3

「――え? そうなの?……そんなに増える? ちょっと……ちょっと、それはないわ。民主主義に反する行為じゃん。よし……俺が正す、英語の先生を! この学校の地方公務員を!」


「私、未提出のとがめを知っているから。それと……なにを言っているのか、意味不明だよ」


「いやー、意味不明って言われるとなあ……。まあ……いいよ、お前らには頼まないから。だから、雨宮……課題見せて?」


 筋張って逞しい手を合掌させて、私に懇願している園山君は頭頂部を見せている。


「――うん……いいよ……」と、机からノートを取り出そうとしたところで、空手の掛け声で鍛えられた佐々木さんの声が上がった。


「雨宮さん……! いいよ、見せなくて! この手のバカは一回見せると……次も見せて、見せてって毎回言うから」


「なんだよ、愛衣。俺を人間のクズみたいに言ったなー?」


「そう聞こえた? じゃあ、能無しの童貞クズ野郎に改名してあげる」


「うわー、また言っているよ。自分の胸が男に見られるほどないからって、俺に八つ当たりするなよ。大丈夫だ……レーズンパンじゃなくても、レーズンはあるんだから!」


「は……? なにそれ、どういう……って、お前! このバカ猿!」


 園山君に掴みかかる佐々木さんは、怒っているようだけど、少し楽しそうに見える。

きっと二人の関係性だから言えることってあるんだ。

私は会話に入り込めないけど、何だか……楽しい。

宮本さんを見ても、笑顔で二人のやりとりを眺めているから、私の感覚もおかしくはないみたい。

二人の漫才のような掛け合いが始まると、教室前の扉が開いて、担任教師が気怠そうに首を左右に振りながら入ってきた。


「うす。はい、早く着席しろ」


 その掛け声で散らばっていた生徒は、蜂の巣にいる子のように整然と机を正して座っていく。

中学校の頃は、静かにならないままで騒いでいる生徒もいたけど、この高校は違う。

生徒名簿に視線を落として、生徒を一瞥した担任教師は言う。


「はい、今日は……雨宮……来てるな。義務教育は終わったんだから、いつまでも甘えてるなよ。サボってばかりいるやつなんてのは、社会に出たって一緒だ。逃げて、逃げて、逃げ続ける人生になるんだ」


 楽しげな気持ちが芽生えていたのに、灰色の綿飴が心を急激に覆った。

心は静かなのに鼓動が体内を通じて響くのは、担任教師の発言によって、生徒から好奇の眼差しを向けられると思ったから。

でも……違った。

その視線の先は、うつむいている私ではなくて、椅子を引いて短い音を出した宮本さんに向けられているようだ。

視界の端で様子を確認していたけど、みんなと同様に宮本さんへ視線を移した。


「――先生。それ……今、言うことですか? 登校しているんだから、来なかった日のことを言わなくていいと思います」


「――なんだ? 俺はだな……社会は、厳しいところだと言っているんだ。不登校の人間が来たから、そのことに関連して、他の生徒にも教育してやっているんだ。なんだよ? なんか不満か?」


「それって……一人の生徒を的と犠牲にして話すことですか?」


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