第三章 勇気 2

 昨日と同様の喧騒が耳に入って、朝の教室は金曜日の開始へと準備運動をしていた。

窓際の席で会話している男女のアーチがあって、身を小さくして越えると、宮本さん、佐々木さん、園山君が楽しそうに会話している。

入学した時に、廊下で話しかけてくれた二人が、宮本さんと佐々木さん。

六月の中旬に席替えをしてから、二人と席が近くなったけど、話しかけられても会話ができなかった。

楽しそうに話す三人の雰囲気を壊したらいけないと、静かにして音を立てないようにしていた。

挨拶を何度もしてくれたけど、少し頷くだけで、声を出さない私をどう思っているのかな。


 学生カバンの持ち手を握りしめて、肩に食い込むほど下に引く。

震えている。怖い。

無視されたら……笑われたら……怖い……。

でも……自分と天音さんに言ったから。

話しかけるって決めたから。


「いや、違うんだって。勉強は強制されるもんじゃなくて、進んでやることなんだよ」


「園山、進んでやらないじゃん。よくそんな頭で、ここに入れたよね」


「園山君、スポーツ推薦で入っているから」


「うわー、傷つくわ。それ、俺が能無しの運動バカって聞こえる」


「――あの……おは……よう」


 挨拶できた。自分から。

次に進む言葉を迷路のような脳内に問いかけても、いくら探しても見つからないけど……。


 みの会話が止まる、一瞬の沈黙。


「おお、おはよう!」


 張りのある声を出した園山君。


「おはよー!」


 愛嬌のある笑顔で朝を彩る佐々木さん。


「おはよう」


 首を後方に回して微笑んでくれた宮本さん。


 私の予想していた反応と違う。

受け入れてくれたのかな……。

鼓動が早くなっている。

体温も上がったような気がしたけど、操り人形の少し固い挙動で着席した。

唇を口内にしまって、相変わらずうつむきながら思案している。

次は、どうしたらいいかな……。

話題なんて持っていない。

想定しても『今日も雨だね……』『梅雨だからね』楽しい会話の形を成さないと思う。


「――なあ、雨宮はどう思う?」


「え……?」


「勉強って、誰かに……やらされるもんじゃないよな?」


「え……えっと……そ……」

 

「ねえ、ねえ、雨宮さん聞いてよ! このバカ猿、昨日出された英語の課題をやっていないから、写させろって言うんだよ?

『写したって、どうせバレないんだから。心の狭いやつだな。お前』って言われたんだよ!?

自分でやれよ! 能無しの童貞野郎!」


「うわ……引くわー。年頃の女子が童貞とか平気で言ってる。貞操観念とかなさそう。羞恥心も。彼氏は、絶対にできないなー」


「おい……バカ猿。貞操観念と羞恥心、猿にしては難しい言葉を知ってるねー? お前の身体、三箇月くらい自家発電できないようにしてやろうか?」


 二人の会話に圧倒されて、早い瞬きを繰り返しながら様子を窺っていた。

頬杖をついて笑っている宮本さんが私に顔を向ける。

綺麗な髪が軽やかに揺れて「――雨宮さんは、課題やってきた?」と、問いかけてきた。


「……うん……やった……よ」


「そうだよね。園山君だけ……だね。先生に怒られて、五倍にも増えた課題の提出を求められるのは」


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