第二章 憂慮 8

 夕方とは天候が変わって、夜には強い雨が大地を激しく攻撃していた。

私は傘も差さずに家から出て雨の中を歩いている。

打ち付けてくる雨粒は、私の止まらない涙と混合してアスファルトに戯れを教えていた。

肩と胸が揺れて、呼吸することが苦しい。

雨が降る暗い夜道を一人で歩く私は『雨女』が具現化した存在に思える。

頭上からの爆撃を全身に受けて、跳ね返る水分は小さい地雷だ。

どこを目指すわけでもなく、答えがあるわけでもなく、私は涙の止め方を求めていた。


 なぜだろう。

下を向いて考えなしに歩いていたのに、この場所に来てしまった。

遠くから見るバス停は街路灯に照らされて、私と同様に雨からの攻撃を受けている。

雨宿りするには、ちょうどよかった。

少しだけ休みたい。

すでに全身が雨と涙で濡れてしまって、シャツも短パンも接着剤が貼られたように肌から離れようとしない。

雨で視界が霞んでいる中で、少し先にあるバス停という拠り所を目指した。


 最終便はもう無い。

外側が街路灯に照らされていても、バス停の中は暗いはずだった。

暗いはずなのに……。

一つ……確かに優しい光があった。

私にとって太陽のような存在。

天音さん。

バス停の前に立った私の滲んだ瞳に映るのは、ベンチに腰掛けた天音さんだ。

何で……?

私の涙は雨に流されても、主張と痕跡を後世に残すように顔の表面で暴れまわった。


「明夏ちゃん……どうしたの? ずぶ濡れじゃない。早く中に入って」


 私の肩を優しく抱いて、天音さんはバス停の中へ誘導してくれた。


「こんなに濡れちゃって……なにがあったの?」


 声にならない。

話したいのに嗚咽が次から次へと溢れ出てきて、私の声を引き止めてしまう。

下を向いて座っている私の頭部に、柔らかくて良い香りのするタオルが乗った。

天音さんの手とタオルが髪の毛を押さえつけてくる。

嫌な圧迫ではなくて、雨で濡れてキューティクルが開いた髪を傷つけないようにする優しい強さだった。


「前より短くした髪……可愛くしてもらったのに、濡れちゃったら台無しだよ」


 タオルで見えないけど、天音さんが心配そうに微笑んでいることが想像できる。


 雨で濡れて冷たいはずなのに、この場所は少しも冷たくなくて豊潤な温かさが私を包んでくれた。

泣き続けている間、天音さんは何も言わない。

雨粒だけが聞こえる落ち着いた空間で、黙って隣にいてくれる。

確かな温かさを持っている天音さんほど、心強い味方なんていないと思う。


「――ご……めん……なさい」


「――なんで謝るの? 私たち友達でしょ? 友達が泣いていたら、そばにいるよ。謝らなくていいんだよ。大丈夫だからね」


「ありが……とうございます」


「雨の中、傘も差さずに歩いて……それに、女の子が夜道を一人で歩くなんて危ないよ。なにがあったの? 落ち着いてきたら話してね」


 バス停を打つ雨の勢いは、時間と共に増していく。

目から溢れる玉飴、鼻から流れる水飴、喉を通過する組飴。

私の心を落ち着かせるために、身体が生み出してくれているもの。

頼りない心は嫌悪感を曝け出して、もっと食わせろ、と敵対心を強めているように感じた。


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