第一章 梅雨 4
今日も雨。
今週は、雨が続くと早朝の天気予報で言っていた。
今日は、学校に行けるかな。
行かないと……。
逃げたら……だめ。
そう、言い聞かせて傘の柄を強く強く握りしめた。
神社にお参りすると、昨日に供えたお菓子は予想通り無くなっていた。
片付ける手間がないから、私としては嬉しいけど、野生動物って菓子類を食べても大丈夫なのかな。
お菓子の袋を開けて、円錐状のチョコレート菓子を一つずつ立てながら私は考えていた。
雨脚が激しさをもって、頭上から無数の弾丸を強く撃ち込んでくる。
急ぎ足で蹴り出した時に踵から生まれる泥水によって、靴下に冷たさを与えてはいけないから、足元にも注意して進んでいく。
鳥居を
誰……?
そのように思ったのも束の間、緊張が足に鎖を絡ませて、歩みを静かにさせる。
一台の自動車が過ぎ去った後で、反対側のバス停へと渡って傘を閉じた。
傘に付着した水滴を払っていると、ベンチの右端に一人の女性の姿がある。
女性は、綺麗で艷やかな長い髪、真ん中で分けられた部分に丸みをもった額が目に入る。
小さい顔に綺麗な鼻筋が通って、大きい目はバス停内に貼られた町のポスターを見ていた。
梅雨空でも涼しさを感じさせる陶器のような白い肌が羨ましい。
年齢は、私より上に見えるけど、二〇歳前後だと思う。
水分を含んだ傘をたたんで、身を倒しながら「お……おはようございま……す」と、バス停の前を流れる走行音に消されてしまう声で挨拶をしてから、ベンチの左端に存在を消すように座った。
「――おはよう」
優しい声。
少しだけ顔を女性に向けると、私に対して微笑んでいる。
その微笑みは、陽光のように心を温めてくれる気がするし、晴天の青さを私に与えてくれるようだった。
私が目を逸らすと、バス停の中は上部のトタンを雨が打ちつける音だけが寂しく奏でられている。
バスが到着するまで、一〇分程の待ち時間があるけど、いつも一人でいる私には隣に座る女性が気がかりだった。
少しだけ気まずい……。
「高校生?」
え……?
心の中で私に対する問いかけなのだと確認してから、女性の膝の上に置かれた長くて細い指を見つめた。
「はい……高校……一年生です」
「そうなんだ。名前は?」
初対面で見ず知らずの人に名乗っていいのかな。
小学校、中学校でも他人に名前や住所を言ったり、付いて行ってはいけないと教わる。
でも……何でだろう。
この人になら言っても大丈夫という思考が、心にある防壁を飛び越えさせることを容易にする。
例えば、この後に到着するバスに乗っている、あのおじさんには絶対に教えないけど。
この女性になら大丈夫だと思う。
同性同士だからというわけでもない。
この人が持ち合わせている人の温かさのようなものに、とても惹かれたからかもしれない。
私には無いもの……。
「……
「――名字の下は?」
「
「明夏……
私は、この名前が嫌いだ。
大好きだったお祖母ちゃんが名前をつけてくれたから、本当の意味で嫌いになれるわけもないのに、不完全で
私の意識は、自身と相手の公平さを求めて、浅い呼吸をしながら女性の首元を見つめていた。
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