第一章 梅雨 2

 丁寧に整えた髪も道中の蒸し暑さによって、何本か飛び跳ねていることが想像できる。

嫌だな……。

軽く頭を撫でてみると、手のひらをくすぐる反発者がいた。

二日前に思いきってボブにしたから、セミロングの時より少しだけ状態が良いかもしれない。


 両端を森林に囲まれた中に、バス停は誰を待ちわびるわけでもなく、古めかしい姿でひっそりと存在している。

頭上はトタン板で覆われていて、錆びついた壁が印象的だ。霞んでいる窓は、私を鮮明に映し出すことはない。

誰も来ないバス停。

この時間帯で利用しているのは『私以外いない』と、いつも思う。

一度も人に会ったことがないから、バスを待っている間も気が楽だった。

特に雨の日は。


 バス停に入る前、私は傘を閉じないで、毎日の習慣を行うために反対側へと渡る。

目の前には、石造りの神明鳥居が堂々とした佇まいで構えている。

長年の傷みがみられるけど、雨によって潤いがもたらされて、厳かな雰囲気が増していた。

登校する前に、必ず立ち寄るようにしていて、五年前に亡くなったお祖母ちゃんと一緒に来ていた流れが現在でも続いている。

一礼してから鳥居を通る時、お祖母ちゃんに言われていたことを思い出す。

今でもお祖母ちゃんの教えは、優しかった笑顔と共にしっかりと胸に刻まれている。


『神社に入る時は、鳥居の端を通りなさいね。正中は神様がお通りなさるから』


 森林に囲まれた大きくない神社で、今現在お参りする人は、ほとんどいないと思う。

参道は二十メートル程で、石が並べられて潰れていく雨粒を私は踏みしめていく。

手水舎も賽銭箱もない境内。

雨に打たれながらも確かな存在として、光を放つ社殿の前に立つ。

神社に祀られている神様の名前。

幼い頃、お祖母ちゃんに教えてもらったのに失念していた。

近くにある石碑に刻まれている文字は、長年の劣化によって崩れていたりして、読める箇所は下の方だけで『大神』と刻まれているようだった。

だから、いつも『神様』と心で呼んでいる。


 お祖母ちゃんは、生米、御酒、野菜などを供物としていたけど、私は、お菓子を供えることにしていた。

神様だって、時々は違う物を食べたくなると思うから。

鞄から筍の形を模したチョコレート菓子を取り出して三個ほど神様に供えた。

お菓子で境内が荒れてしまっては不敬だと思って、翌日に回収しようとしても、野生動物が食べてしまうのか、小さなお菓子の姿を確認できたことはない。


 傘をさしながら、不器用に二拝二拍手一拝をする。

目を瞑ると、水分を含んだ土の優しい香り、森林の葉が雨で笑っている音、神社内の神聖な空気に触れて穏やかな心が迫ってきた。

それらが安堵を生み出して、日々の暮らしから隔離されてしまったせいか、お祖母ちゃんに禁止されていたことをしてしまう。

『日々を見守ってくださり、ありがとうございますと神様に感謝を伝える場所だから、自分のお願いをするところではないよ』と教えられていた。

わかっている。わかっているのに。

私の声は頼りないほどに震えていたけど、止まらない雨音に消されてしまうことも盗まれてしまうこともない。


「助けてください……神様」 


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