弥生始動します Vol5

 あたしはローカル線に乗り換えるのに降りた駅のホームで電車の到着待ってるの。

 ここから乗るのは単線の電車だから、擦れ違うのに乗り継ぎ駅は絶好の場所だと思うわね。

 進行方向にホームを挟んで左右に複線にすれば簡単だもの。


 少しソワソワしながらどんな電車が入って来るのか愉しみに待ってるの。

 古いモノクロ映画に出て来るようなレトロで風情が在るとテンション上がるけど、流石にそこまで古い車両は博物館くらいにしか無いわよね。

 きっとあたしが子供の頃に乗った事の在る古いタイプの車両だと思うけど、それでも充分レトロな雰囲気は在るわ。

 何と云うかリアルなノスタルジーって感じで懐かしいじゃない。


 優しく微風が顔を撫でて行くのが心地好くて、少し長めの待ち時間でも合って無いようなもの。

 寧ろワクワクする気持ちが抑えられなくて二ヤけてないかそっちの方が不安よ。

 もしニヤけてしまっていても真顔になれる自信なんて全然ないけどっ。

 暫くすると電車の到着を告げるアナウンスが響く。

 録音や合成ボイスじゃなくて、駅員さんがマイクでその都度アナウンスしてるのなんて初めて聞いたわ。

 映画やドラマのシチュエーションそのままなんてちょっと感動的だわね。


 到着した車両は三両編成で、あたしが通勤で使う十両編成に慣れてしまうと短くてとても可愛らしく視えてしまう。

 先頭車両の機関車に顔が着いてるアニメを思い出しちゃったわ。

 ホームに到着した車両は機関車では無いからチグハグなイメージだけど……

 ドアが開いて降車する乗客は居なかったのであたしはそのまま乗り込んだ。

 予想通り子供の頃に乗っていた懐かしい雰囲気のベンチシートになってる車両で、あたしにとっては充分レトロに感じるわ。


 窓を開けるのに両端に付いてるピンチみたいなグリップ型のツマミを同時に操作して引き上げるタイプも懐かしいわね。

 普段乗り慣れてる車両ウインドゥは開かないから問題無いけど、この車両は安全性も考慮して頭や顔が車外に出せない程度にか開かなくなってるわ。

 子供の頃にいまくらいの季節に電車に乗ると、父さんに頼んで窓を開けて貰ったのを覚えてるわ。

 走る電車の窓から巻き込む風ってビューってして面白かったからいつも開けて貰っていたわね。


 今日は色々なタイプの電車に乗れてちょっと愉しいかもっ。

 最初は乗り慣れてるいつもの電車でしょ、次にちょっと乗り慣れてる新幹線に乗ったら少し古いタイプの車両、そして最後にこの懐かしくてタイムスリップした様な感じがするレトロな電車に揺られて最寄り駅まで。って素敵じゃないっ。

 この前はターミナル駅まで送って貰って視てないから、目的地の駅はどんな雰囲気なんだろうって想いを馳せてしまうわね。


 バックを吊り棚に置いてベンチシートの腰掛けたわ。

 この座り心地も懐かしいって思っちゃった。

 クッション性はスプリングだけの『ぼよ~ん』ってした感じで、悪く云ったら安っぽいけどでもそこがまた良いのじゃないっ。

 窓からは田圃や畑の田園風景が広がり時々『モォ~』って牛の鳴き声まで聴こえて来るからちょっと別世界に迷い込んだみたいね。

 電車のスピードもどこかゆっくりな気がするのは、田園風景が広がって近くに対比物がないからなのかしら?

 レールの継ぎ目でゴトンゴトンって云うのもあたしの気分にマッチしていて、それだけでも愉しくなって来るの。


 愉しい事がいっぱいだと日常の中に在る、あたしにとっての非日常な時間はあっと云う間に過ぎてしまうのよね。

 電車に揺られてニ十分くらい経つと、停車を知らせる車掌さんのアナウンスが聞こえたわ。

 これもやっぱりリアルタイムな声だから嬉しくなってしまうじゃない。

 あたしは起ち上がって吊り棚からバックを降ろして降車する準備をしたわ。

 あとは駅の改札を出たらメッセで到着の連絡をして大人しく待ってましょ。


『やっと戻って来れたわね。紫音ちゃんと綾音ちゃんのお土産をいっぱい持って』


 電車は減速して行き、普段ならもどかしくなるくらいゆ~っくりホームに入って行くわ。

 静かにドアの前に起って停車を待ってるけど、不思議と逸ったりしてないの。

 あれだけ待ち遠しくて昨夜はなかなか寝付けなかったのに謎だわ?

 車両が完全に停車してから遅れること数テンポ、ドアが開いてあたしはゆっくりとした足取りで少し段差の在るホームに降り立ったの。


 そして空を視上げて柔らかい風を感じると深呼吸してみた。



「おねぇちゃぁ~んっ!」


「ねぇ~ね~っ!」


「へっ? 紫音ちゃん? 綾音ちゃん? 迎えに来てくれて待って居てくれたの?」


 無意識な独り言を呟いたあたしは呼ばれた方向へ視線を向けると、双子ちゃん達は飛び跳ねるように手を振ってくれてるわ。

 そして彩華さんと璃央さんが継いだ手を振り払うようにして、あたしに向かって走り出したの。

 あたしは両手を自由にする為にその場でバックを落とすように置き、紫音ちゃんと綾音ちゃんを待ち構えたわ。

 そう。これ以上ない満面の笑顔を携えて。

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